北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

2021年の死亡者数から見えてくるもの ~ 何が起きているのか

 

今回は少し私の本業に戻って社会統計的な感覚で書いてみたい。あらゆる社会科学の基礎を成すといわれる「人口動態統計」をながめることによって、2021年の新型コロナが人口動態(年間総死亡者数)に及ぼしたインパクトを考えてみることにする。もっとも人口動態統計の速報値は2021年11月分までしか発表されていないので、今回の記事はあくまで現段階での暫定的なものである。

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 ■ 2021年の死亡者数の概評

 人口動態統計は約2か月遅れで速報値が発表され、さらに5カ月遅れでより詳細な項目が月報として発表される。したがって現在入手できるのは速報値が2021年11月分までであり、月報が2021年8月分までである。

 冒頭のグラフは月別の死亡者数を2019年から21年まで(21年は月別の速報値)の3年間の比較を行ったものである。日ごろから人口動態を見慣れている人間にとってはかなりぎょっとするようなグラフである。2021年5月の死亡者数が前年同月を1万人近く上回る数値を記録したが、その後もかなりの幅で乖離し続けている。ここ20年程度の統計を見返してみると、これまでも前年同月よりも1万人近く死亡者が多いことはときどき発生している。大寒波や大熱波に襲われたり季節性インフルエンザが大流行したりすることによって、急激に死亡者が増えることは十分に起こり得ることである。しかし、何カ月にもわたってこれほど大きな(1万人近い)増加が続くことはほとんど見たことがない。このままいくと2021年は2020年に比べて7万数千人死亡者が増えることになるが、この数は高度成長期以降最大の数である。(戦後最大かもしれないが終戦直後のデータが確認できないため高度成長期以降と表現した。) 高齢化率の上昇によって死亡者の総数そのものが増加していくことは当然なので、絶対数だけでなく比率としても見ておく必要があるだろう。

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上のグラフは最近15年分の死亡者の増加率をプロットしたものである。2021年は11月分までしかデータがないので12月に関しては前年と同数と仮定して計算したものである。おそらく2021年の死亡者増加率は5パーセント台後半から6パーセントに迫るものと推測される。この増加率は高度成長期以降最大のものである。もっとも死亡者が5パーセント前後増加することはこれまでもときどきみられる現象であり、高度成長期以降では6回程度発生している。ほとんどが大寒波や季節性インフルエンザの大流行、あとは東日本大震災などの災害に起因するものである。重要なことはこのような異常な死亡者増加が発生した翌年は死亡者数が横ばいになることが普通であり、したがって増加率自体は鋭く下落する形状となるのが通例である。唯一の例外は2010年と2011年の2年連続である。2010年はリーマンショック後の経済不況下で、1月~2月に日本を大寒波が襲い、さらには梅雨時期の集中豪雨とそれに続く記録的な熱波という経済不況と異常気象が合体した年である。2011年は東日本大震災が3月に発生し直接的な死者だけでなく、その後の関連死なども継続し、ほぼ1年を通して前年を上回る死者を出した年である。
  したがって2021年の死亡者は数の上でも増加率の上でも高度成長期以降最大のものであることには違いないが、その評価が「季節性インフルエンザのすごいやつが大流行した」という程度になるのか、あるいは「大災害級の死者」となるのかはもう少し先まで見てみないと確定できない。ただしもしこのような死亡者増加状況があと数か月続くようであれば、死者数の観点からは、それはもはや「悪性の風邪の流行」というレベルではなく「戦後最大級の大災害」ということになるだろう。

 ■ コロナ関連死の規模は 

 それでは2021年の死亡者数の異常な増加の中で、コロナに関連した死亡者はどのくらいと考えればよいであろうか。これを考えるための概念に「超過死亡」というものがある。超過死亡はもともと季節性インフルエンザの被害を推計するものとして発展してきた。インフルエンザが流行しなかったとしたら亡くなっていたであろう人の数を特定のモデルによって推計し、それと実際の死亡者の数を超過死亡として「季節性インフルエンザ関連死」とみなす考え方である。2019年は季節性インフルエンザがある程度流行した年であり、インフルエンザを原死因とする死者数が約3500人、超過死亡としてインフルエンザ関連死と推計される人が約1万人である。もっともこの数値は関連死の最大値を表すものに近く過大推計である可能性がよく指摘される。そこで今回私が活用した感染症疫学センターの超過死亡の推計は、米国CDCで用いられている方法(Farringtonアルゴリズム)にもとづいたものである。具体的には新型コロナがなかった場合に亡くなっていたであろうと推定される人数を推定し、その予想が最も上振れした場合の最大値統計学的には片側95パーセント信頼区間の上限値)からの乖離幅を割り出している。この値は「確実な超過死亡数」ということができると思う。感染症疫学センターの推計によると2021年の1月から9月までの値では、点推定値からのかい離が51,568人であり、推定区間上限値からのかい離が9,782人となっている。実際にコロナ関連死と考えられるのはこの約1万人から約5万人までの間のどこかということになる。ずいぶん幅がある数字であるが、仮に中間付近の3万人前後だとしても季節性インフルエンザに比べればかなりの大きさであることがわかると思う。ちなみに現在公表されている新型コロナによる死亡者数は約19000人、2021年の1年間の死亡者数は約1万5000人とされている。しかしこの数字は新型コロナを原死因とする死亡者数でもないし、新型コロナ関連死の数でもない。厚生労働省が状況を把握するために集計している数であり、内容は新型コロナ感染中に亡くなった人の数である。原死因が何であるのかを問わないものであり、また陰性になった後に死亡した場合にはこの数に含まれない。概念的に極めてあいまいな数字なので、実態をつかむにはやはり超過死亡推計や原死因別の分析などが進む必要がある。データが出そろい詳細な分析ができるまでまだしばらくは時間が必要であるが、最終的には2021年に前年よりも7万人以上多くの人が亡くなっているという事実の背景や理由は、何らかの形で説明されなければならないものであると思う。

 ■ 何が起きているのか 

 新型コロナに「関連する死亡」の態様も含めて、2021年の異常な死亡者数に関して、論理的に考えられる仮説をいくつか列挙してみたい。以下は論理的に考えられるものを単に並べ上げているだけのものである。

仮説1

コロナ死過小推計説

検査数が少なすぎるため感染者の全体数が把握できず、そのため実際にコロナで死亡した人の数は発表されている数よりずっと多いのではないか。

仮説2

感染後トリガー説

 コロナに感染したことや回復後の後遺症などがトリガーになって持病が悪化し、感染から時間が経ったあと死に至る人が増加し始めているのではないか。

仮説3

医療崩壊

 コロナ拡大に伴う医療逼迫によって急性期医療が崩壊し、コロナと無関係な本来救えるはずの命が救えなくなってしまったのではないか。

仮説4

過剰自粛説

 行動制限や自粛によって運動不足等になり、虚弱体質の進行、体力の減退等により主として高齢者の健康が阻害され始めているのではないか。

仮説5

ワクチン副反応説

 ワクチンの副反応が何らかのトリガーになって、基礎疾患を持っている人の持病の悪化を招いているのではないか。

仮説6

別要因説(コロナ、ワクチン無関係説)

 コロナやワクチンとはまったく無関係な第三の何らかの要因が進行しているのではないか。

 ■ 仮説の検証に向けて 

 データが十分にそろわないと仮説を詳細に検証していくことは難しいが、現段階で入手可能なデータをそれぞれの仮説とぶつけてみて、考えられることを検討していきたい。下の表は上述の感染症疫学センターの2021年の超過死亡の推計の中で、前年に比べて死亡者が跳ね上がった2021年5月の超過死亡数を上位5地域に関してピックアップしたものである。

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 2021年5月は新型コロナ第4波の後半で、大阪などでかなりの死者数になったことは記憶に新しいところである。実際の死亡数でみると大阪府では2021年5月には8901人の人が亡くなっているが、前年の5月は7201人の死亡数であったので、1700人(増加率24パーセント)増加している。一つの自治体でみるとかなり異常な増加である。兵庫県では同様に前年4672人から5578人に、約900人(増加率19パーセント)増加しており、大阪府ほどではないがかなりの増加である。上の表の超過死亡率推計値でみても、大阪や兵庫の超過死亡数は東京や神奈川を圧倒的に上回っており、人口差から考えると、このようなことが起こるのは通常は当該地域に何らかの災害等の異変が発生している場合だけである。これらの事実は、仮説1~3に示されているようなコロナ感染拡大が(そのどれであるかを特定することはできないが)、少なくとも超過死亡の要因になっている可能性を示唆している。

 ところで、全国的に5月の超過死亡が跳ね上がっていることから、仮説5のワクチン副反応性説を推す主張もときどき見かける。しかし、もしワクチンが主な要因であるならば、超過死亡も人口(ワクチン接種者数)に比例して発生するはずであり、5月の大阪や兵庫が東京を圧倒的に上回る事実を説明することができない。5月の状況だけをみると仮説3の医療崩壊説や仮説1の過小推計説が有力なものと感じられる。
 しかしながら、それだけでは感染拡大が落ち着いて医療崩壊が見られない6月や7月、あるいは10月や11月などでも前年よりかなり多くの人が死んでいる事実を説明することができない。もう少し深く実態を探るために、2021年1月から8月(現在データが入手できる直近)までの個々の死因ごとの状況を前年と比較してみることにした。

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上の表は主要な死因の中で目立って増加したものを中心にして抜き出したものである。悪性新生物(がん)全体の死亡者数は微増しているにすぎないが、その中で目立って上昇しているのは卵巣がんと中枢神経系がんによる死亡である。新型コロナの後遺症が、血管や神経、卵巣や精巣などの損傷を引き起こすことはときどき主張されてはいるが、いまのところ確定的な因果関係を考える材料は存在せず、何かを推測する段階にもない。
 表の中でひときわ目をひくのは、「その他の精神及び行動の障害」「誤嚥性肺炎」「アルツハイマー」に起因する死亡者の急増である。長引く自粛生活によって、運動不足やコミュニケーション不足などによって認知機能の低下、体力の減退や虚弱化の進行などが生じているのではないかと疑わざるを得ない数値かもしれない。新型コロナの後遺症によるトリガーが超過死亡を押し上げる重要要因ならば、2020年の超過死亡がほとんどないことは不自然なことであると思うが、過剰自粛が重要要因ならばある程度説明がつくように思う。最初の半年くらいは緊張して気も張っているが、1年も続くと心身ともにかなり疲れ、筋力(舌やあごを含めて)や認知能力が目に見えて衰え始めることは容易に想像できる。したがって現段階では仮説4の過剰自粛説は、感染爆発も医療崩壊も起きていない期間においても超過死亡を上に押し上げる圧力を生じさせている要因の一つではないかという考えにたどりつく。ただし現段階では、新型コロナの後遺症の持続やワクチンの副反応が全く無関係であると断言できるデータがそろっているわけではない。厚生労働省によると、ワクチンの副反応が疑われる状況での死亡が約1500件、重篤な症状が約6000件となっており、それ自体は超過死亡の要因の一つにはなるが、それだけでは規模的にはかなり小さい。副反応をトリガーとした持病の悪化などがあるのかどうかについての検証はほとんど行われていない。また、コロナの後遺症の研究は日本ではほとんど進んでいない。検証はこれからということになるが、もしこの2つ(コロナ後遺症、ワクチン副反応によるトリガー)が超過死亡を上に押し上げるようなものであるならば、日本の超過死亡は今後数年間は止まらないことになる。そうでないことを祈るのみである。

 2021年の超過死亡を中心として今入手可能なデータを分析してきたが、少なくとも2021年に関しては「新型コロナはただの風邪、インフルエンザ以下だ」という主張を支持することは到底できない。むしろ災害級のダメージがあった可能性すらあることが示唆されている。もっともこれはアルファ株やデルタ株によってもたらされたものであり、オミクロン株ではどうなのかはいまのところわからない。数か月後に1月2月のデータがはっきりしてくればある程度分析することができると思われる。
 個人的な感覚で言うと、いまの段階では感染しないに越したことはないし、また活動自粛はしてもある程度の運動や他人とのコミュニケーションの機会などを意識的に増やさなければいけないと思っている。ワクチン3回目についてはかなり迷うところである。

未来を創造するためにまずは生き残りましょう。