北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

新型コロナ第6波はくるか ~ 世界のデータから考える

日本のマスコミは日本の状況だけを紹介することが多く、なかなか世界の感染状況を目にする機会がない。日本ではこの冬に第6波がくるのかどうかが取りざたされているが、今回は世界のデータを眺めることによって新型コロナの「波」について掘り下げて考えてみたい。

 

 ■ コロナの波のパターン 

 この記事では世界の感染者データとしてロイターのCOVID-19トラッカー(REUTERS COVID-19 TRACKER)日本語版からグラフをキャプチャして使用した。

https://graphics.reuters.com/world-coronavirus-tracker-and-maps/ja/

まず、下のグラフをご覧いただきたい。これは新型コロナ発生からの日本の感染者数の推移である。

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このグラフから4月―8月―12月(~1月)―4月―8月というほぼ4か月周期の波が次第に大きくなりながら襲ってきていることがわかる。そのたびに日本では緊急事態宣言と解除を繰り返し、最近では飲食店の締め付けと緩和くらいしか対策内容が存在しない。日本におけるコロナの「波」の出現は日本のコロナ対策の効果と関連しているだろうか。この点を考えるためにまず、世界全体を合計した波形を見てみよう。

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 2020年の4月と8月はわずかな「尖り」はあるものの目立った「波」が形成されているわけではない。しかしその後はかなりはっきりと「波」が形成されている。しかもほぼ4か月周期である。まず頭に思い浮かぶのはインフルエンザなどと同様に新型コロナにも何らかの「季節性」のようなものが存在するのではないかということである。確認のために季節が逆転する南半球の国をいくつか眺めてみた。

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グラフから明らかなように4か月周期ではない夏冬関係なしに波が形成されている。南アフリカや南米ではベータ株、ガンマ株、ミュー株などの変異株が蔓延しており、アルファ株やデルタ株が主流の北半球とはウイルスの種類が異なる。これらのデータから2つの仮説が出てくる。
(1)新型コロナの波は少なくとも気温、湿度、紫外線などの季節的要因で引き起こされているわけではない、
(2)新型コロナは変異株の種類によって変動周期が異なる可能性がある。
ただし少なくとも今後10年分以上のデータが蓄積されなければこれらの仮説の真偽をきちんと(統計的に有意な制度をもって)検証することはできないと思われる。
 ところでもう一つ確認しておくべきデータとして自粛やマスクなどの対策をあまり講じていない「ノーガード戦法」ととっている国の波はどうなっているであろうか。比較的対策の緩い国としてスウェーデンとブラジルを確認しておこう。

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上のグラフからわかるように、スウェーデンでは北半球特有の4か月サイクルを見てとることができる。ブラジルの方は周期と言えるかどうかは微妙であるが2つの大きなうねりに見舞われていることがわかる。ロックダウンのような強い対策をとらないので多少波が分厚くなってはいるかもしれないが、注目すべきなのは早晩感染者数は減少に転じていることである。全体を総合して考えると、日本の緊急事態宣言のような対策が何らかの効果をもって波を制御しているのではなく、むしろアルファ株やデルタ株などのウイルスそのものの属性によって北半球特有のサイクルが発生しているのではないかという思いが強くなる。ただしこれは仮設にも行きつかない漠然とした感想であり、波を生み出すメカニズムは依然として「謎」である。感染者の増加局面ではある程度あたる感染者数字モデルでも、感染者の減少局面での予測がまったくできない理由もこのあたりにある。

 ■ ワクチンの効果と波 

 それではワクチンの集中的な接種は波のパターンと何か関係があるだろうか。これを見るために、2020年の年末から21年の春にかけてワクチン接種をかなり急速に進めたイスラエル、イギリス、アメリカの3か国の感染者数の推移を見てみよう。

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2020年の10月~11月にヨーロッパ全体に一つのピークがあったので、この点を除けばイギリスとイスラエルは北半球特有のパターンで波が推移していることがわかる。最も大きな違いは、北半球パターンでは21年4月にくるはずの波のピークが消えていることである。アメリカは典型的な北半球パターンをたどってはいるが、それでも21年4月にくるはずのピークはかなり小さなものになっている。これらを見る限り、ワクチンは山を一つ消すのに役立ったのではないかという考え方ができるかもしれない。しかし、残念ながらデルタ株によって引き起こされた波を防ぐことはできなかった。考え得る理由としては、
(1)デルタ株のワクチン回避能力が高い、
または(2)ワクチンの効果が半年程度で消失する、
あるいは(3)その両方、
の3つであろう。日本のワクチン接種は4月以降高齢者中心、9月以降若者向け加速という比較的だらだらしたながれで進んでいる。ワクチンの効果がもしも6か月程度だとすると次のサイクルピークがくる4か月後の12月ごろには、高齢者を中心に感染者が増加することになる。また仮にデルタ株またはその変異型のワクチン回避力の強いウイルスが再び12月ごろに蔓延するとしたら、結果的に12月~1月にかけて大量の感染者を出すことになる。
 何が起こるか予測するヒントにするためにもう一つシンガポールの例をみておこう。

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シンガポールは厳格な感染者追跡・行動制限と強権的なワクチン推進で北半球パターンのコロナサイクルをいち早く抑え込んだ国である。ワクチン接種率は国民の8割以上(成人に限って言えばほぼ100パーセント)の状況を達成しているが、それでも9月現在デルタ株の感染爆発に見舞われている。医学的にはいろいろなことが言われているが、実態として考えるとウイルス変異の前ではワクチンは切り札には程遠いと言わざるをえないのではないだろうか。

 ■ 波を消す方法はあるか 

 それでは来るべき第6波を消す(または小さくする)方法はまったくないのだろうか。変異ウイルス属性の気まぐれに身を委ねるしかないのだろうか。一つのヒントを提供してくれているかもしれないと思われるのは台湾とニュージーランドである。この両国の感染者の推移をご覧いただきたい。

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この両国に共通するのは、島国であることの利点を活かして徹底的な防疫体制(入国管理)を続けていることである。また感染者がわずかでも増える兆しが出てくると徹底した監視・行動制限を断行する。両国ともにコロナの波はほとんど発生しないニュージーランドは20年春のコロナ発生時には多少の感染者を出したが、その後はわずかな出入りがあるもののほぼ抑え込んだ。台湾は発生時からほぼ完ぺきにコロナを抑え込んでいた。しかしながら、この両国をもってしてもデルタ株の感染増を防ぐことはできなかった。デルタ株の感染力の異常な高さを示すものではあるが、それでも両国ともに極めて短期間にデルタ株の蔓延も制圧することに成功している。同じ島国である日本においても、空港や港などでの検疫隔離体制の強化徹底によりかなりの程度コロナの「波」を制御できる可能性がある。もう一つは日本にとってハードルが高いかもしれないが、感染者が少ないうちに感染者の徹底した隔離・監視を行うことである。この両方ができればあとは、じっくり有効な経口治療薬の開発を待てばそこに「出口」があることになる。
 前回の記事で述べたような「重傷者ゼロ、自宅放置者ゼロ」を目指した医療体制の整備、および今回述べた空港の隔離・検疫体制の強化徹底のいずれにも着手せず、冬になって感染者が増えてきたら、また緊急事態宣言を出して飲食店を締め付ければいいという考え方では、この1年半何も学習していないと言われても仕方がないと思う。

未来を創るためにまずは生き残りましょう。