北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

第6波襲来(3) ~ 「5類問題」を考える

現在SNSやネットのニュースコメントなどで、「新型コロナを2類から5類にせよ」という意見が飛び交い、ちょっとした論争になっている。岸田首相をはじめ多くの政治家は慎重な姿勢だが、小池都知事などは少しニュアンスを持たせた発言もみられる。学生からも私にこの手の質問が寄せられることがある。第6波真っただ中ではあるが、今回はこの問題を掘り下げてみたい。

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 ■ 感染症法上の取り扱い 

 新型コロナ感染症を「2類から5類に下げろ」という言い方はそもそも正確ではない。感染症の分類は「感染症法」(「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」)の第6条第2項に定められている。現在新型コロナウイルス感染症は、2類ではなく新型インフルエンザ等感染症の区分の中に置かれている。2類と勘違いされるのは、マスコミ等の報道の中で「2類相当の扱いになっていること」が「2類扱い」として強調されているからである。新型コロナウイルス感染症はもともと政令で「指定感染症」とされており、政令等で必要な措置を柔軟に定めていく建付けになっていた。これが2021年2月の感染症法改正において「新型インフルエンザ等感染症」に移された経緯がある。もともと緊急事態宣言の根拠規定である「新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)」において、新型コロナが騒ぎになり始めた2020年3月に、新型コロナを強引に特措法の附則で新型インフルエンザ等に含める対応を行ったが、これは2021年1月31日までの期限付きの対応であったためである。したがって、2021年2月からの取り扱いの検討の中で、大元の感染症法において、新型コロナを新型インフルエンザ等の中に含める改正を行って、特措法適用を維持することとなったわけである。法律上の技術的なことではあるが、附則の延長等の方法により柔軟性を残すやり方はなかったかと思わなくもない。

 5類に引き下げるべきという論調の中で、中心的なものは、農耕接触になっただけで何日も隔離されなくても済むという点と、近所のクリニックで診てもらえるようになるという点ではないかと思う。 

 ■ 隔離期間の取り扱い 

 まず隔離期間の問題について見ていこう。感染症法ではそもそも隔離期間については柔軟な対応が可能なように定められている。以下が感染症法の条文である。

感染症法>

第四十四条の三  都道府県知事は、新型インフルエンザ等感染症のまん延を防止するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者に対し、当該感染症の潜伏期間を考慮して定めた期間内において、当該者の体温その他の健康状態について報告を求め、又は当該者の居宅若しくはこれに相当する場所から外出しないことその他の当該感染症の感染の防止に必要な協力を求めることができる。

2 都道府県知事は、新型インフルエンザ等感染症(病状の程度を勘案して厚生労働省令で定めるものに限る。第七項において同じ。)のまん延を防止するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該感染症の患者に対し、当該感染症の病原体を保有していないことが確認されるまでの間、当該者の体温その他の健康状態について報告を求め、又は宿泊施設(当該感染症のまん延を防止するため適当なものとして厚生労働省令で定める基準を満たすものに限る。同項において同じ。)若しくは当該者の居宅若しくはこれに相当する場所から外出しないことその他の当該感染症の感染の防止に必要な協力を求めることができる。

3 前二項の規定により報告を求められた者は、正当な理由がある場合を除き、これに応じなければならず、前二項の規定により協力を求められた者は、これに応ずるよう努めなければならない。

 法律上の文言なのでいささかまどろっこしいが、第1項は「当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者」(=濃厚接触者)に対して「当該感染症の潜伏期間を考慮して定めた期間内」の健康報告義務と隔離協力を求めるものである。第2項は感染した患者に対して、「当該感染症の病原体を保有していないことが確認されるまでの間」の健康状態報告義務と隔離協力を求めるものである。また、第1項、第2項ともに「できる規定」であり必ずやらなければならないわけではない。条文から分かるように、濃厚接触者に関しては範囲や期間をある程度柔軟に決められようになっており、さらには感染患者も自宅療養が可能で必ず入院しなければならないわけでもない。現在取り扱いが「2類相当」と厳しく運用されているが、オミクロン株の性質が明らかになってくれば、いくらでも緩めることができるものである。したがってこれをもって「5類にしろ」という指摘はあたらない。

 ■ 診療機関の扱い 

 診療機関の問題は隔離措置よりはやや深刻かもしれない。「街のクリニックでコロナを診てもらえない」という苦情はやや誇張がある。現状において良心的な多くのクリニックでは「発熱外来」や「発熱診療時間帯」を設けており、熱があったり咳がひどかったりする場合でも受診することは可能であり、解熱剤や咳止め薬などをだしてもらうことは問題なくできる。しかし、「念のため検査してみましょう」ということになってPCR検査等を行い陽性となった場合には、お医者さんは保健所に届け、患者の健康観察等の主導権が保健所に移ることになる。感染爆発で感染者が多くなると保健所の手が回らなくなる。陽性になったのに保健所からまったく連絡がこないで自宅で待ち続けるという事態が発生する。昨年の春から夏にかけてこのような事態が多発したことは記憶に新しいところである。街のクリニックで解熱剤やステロイドを出すことはできるが、唯一承認された新型コロナ治療薬(モルヌピラビル)の割り当てがなければ新型コロナとしての治療はできない。患者がハイリスク者(基礎疾患を持つ高齢者)だった場合には、かなり深刻な事態になりかねない。しかし、前回の記事で述べたように、地域密着型の医療協力体制の仕組みづくりができていれば、保健所の手が回らなくなった場合は、健康観察チームのようなもので対応し、ハイリスク者に対してはモルヌピラビルによる治療が可能な病院に移管することができる。(モルヌピラビルやパクスロビドは感染から3~5日以内に飲まないと効果がない。) したがって、5類にするかどうかが問題なのではなく、保健所と医療機関の効率的な分担や情報共有などの協力体制ができているかどうかの方がはるかに重要な問題だと思う。

 ■ 今すぐ本当に5類にしたらどうなるか 

 ところで、試しに、今すぐ本当に5類にしたらどうなるか、という思考実験をしてみることにしよう。基本的には季節性インフルエンザと同等と考えればよい。保健所が介在しないためにほとんどの手続きが存在しなくなる。熱が出て近所のクリニックに行って抗原検査を受けて「新型コロナです」といわれたら、解熱剤や咳止めなどの対症療法的な薬をもらって家に帰るだけということになる。隔離期間の定めはないが、学校や職場などではインフルエンザの場合は解熱から4日間は自宅待機などの定めがあるので、新型コロナの場合もそれに従うことになると思われる。ハイリスク者においても同じである。新型コロナ治療をしてくれる病院を自分で探すか、または容態が急変したときに自分や家族が救急車を呼ぶ以外の選択肢がなくなる。保健所に頼ることができないからである。また、治療費や検査費も通常3割負担となる。モルヌピラビルは単価が8万円程度なので自己負担が2万円強、抗体カクテル療法だと自己負担が10万円程度になる。人工呼吸器やエクモを使用すると期間によっては百万円以上の自己負担になることが予想される。高額医療補助の対象にはなるだろうが、それでもいったん自己負担して建て替えた分を後日請求するという手続きになるため、ほとんどの場合(特に高齢者の場合)は家族が拒否する、あるいは短期間で装着をはずすという決断をするのが通例ではないかと思う。このほかにも5類にした場合には、空港や港での検疫の対象ではなくなり、海外から変異株が入り放題になる。また、濃厚接触者などの概念もなくなり、感染していても出歩いたり買い物に行ったりすることは自由なので、最終的には季節性インフルエンザと同様に年間1千万人前後の感染者が出てくることになるのではないかと思う。現段階では社会的に許容できないようなことがたくさん並んでいるように私には思われる。

 ■ 今やるべきこと 

 今やるべきことは社会経済活動と感染防止対策(とくに医療崩壊防止とハイリスク者管理)のバランスをいかにとるかであり、そのために感染対策を構成するそれぞれの要素を検討することが必要である。
 前回の記事のおさらいになるが、私推奨している対策パッケージをまとめておきたい。その前に現在「まん延防止等重点措置(まん防)」の適用が行われようとしているが、ほどんど効果がないと予想される。そもそも具体的な内容の提示がないが、いつものように飲食店の時間短縮や認証店以外のアルコール提供禁止などであるとすると、アナウンスメント効果すらない。アナウンスメント効果は人々の感情に訴えることで行動を変えさせる効果であるが、ほとんど期待できない。

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 基本的に今やるべき対策パッケージは、濃厚接触者の見直しとその代わりの無料PCR検査の拡充、ハイリスク者対応ができる医療体制の整備、感染スピードを鈍らせるためのテレワーク・オンライン授業の推進(できれば緊急事態宣言のアナウンスメント効果とセットで)、などである。
 ワクチンについては稿を改めて述べたいが、少なくとも今やるべき対策パッケージの中には入らないのではないかと考える。イスラエルなどは3回では効果なく感染拡大したので4回目を接種するという状況であるが、そもそも従来株用に開発されたワクチンを短期間に3回も4回も打つということに全く納得がいかないのは私だけではないと思う。最低限ハイリスク者限定で3回目接種を進めるのでよいのではないかと思う。

未来を創造するためにまずは生き残りましょう。