北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

2023年展望(3)~新型コロナ

昨今政府のなかで新型コロナの感染症種別を5類(季節性インフルエンザと同等)に引き下げようとする機運が急速に高まってきているようである。社会全体が新型コロナのリスクを受容する方向にあることを考えれば、新型コロナの種別変更は時のながれであろう。「5類にしたらすべて解決」という論調も見受けられる。しかしながら、5類にしても何かが解決するわけではないし、事態が好転するわけでもない。問題はどこにあるのかを少し掘り下げてみたい。 

■ 死亡者数の異常さ

 まず下の図をご覧いただきたい。2019年から4年分の月別の死者数を比較したものである。

 

2019年はコロナがなかったときであるから、日本の通常の典型的な死亡者数の推移を示している。2020年はコロナ一年目であるが、第1波、第2波第3波などと言っていた時はそれほど死亡者数は跳ね上がらなかった。しかし2021年に入って5月の第4波あたりから様相が変わってくる。感染者数がそれまでとはけた違いに多くなっていく時期である。2022年になると死亡者数はさらに異常な状況になってくる。例えば第6波の影響を受けた22年2月と3月は2019,20年に比べると2万人程度死者が多い。第7波の8月にいたっては2019年より2万5千人以上多い。数十年の人口動態統計の歴史の中で、こんな増え方をしたのは東日本大震災のときだけである。2022年はあと12月の速報値の発表を残してはいるが、おそらく戦後初めて150万人以上の死者数となり、またおそらく日本人の平均寿命を目に見えて低下させることになるだろう。つまり、「死んでいるのは高齢者ばかりだから気にすることはない」として無視できるような変化ではないのである。今後死因分析等の詳細な分析によって、このような異常な状況は科学的に説明されなければならないものと考える。 

■もう一つ重要なこと 

 コロナの波(感染爆発)のたびに死亡者数が跳ね上がる原因について、自然な発想として3つのチャンネルが考えられる。

A(コロナ直接死) 直接コロナを死因とする死者が増大している、

B(コロナトリガー) コロナ感染をトリガー(引き金)として持病が悪化して死亡する人が増大している。

C(医療崩壊 コロナ以外の病気や怪我で適切な医療が受けられずに死亡する人が増大している。

 ここでCのチャンネルを補強するデータを一つ紹介しておきたい。下の図は東京都が公表している「救急医療の東京ルール適用者」の数の推移である。救急救命における東京ルール」とは、救急車が到着して患者を搬送する受け入れ病院を探す際に、5件以上連絡をとる(4件は断られる)かまたは20分以上搬送先が見つからない場合を示すものである。

 

22年8月の第7波や今回の第8浪では、一日平均で300件近い救急搬送困難事例が生じている。したがってコロナ以外の病気や事故の際に、手遅れになってしまう可能性が高まってしまっていると言わざるを得ない状況である。

■ 何をするべきか 

 それでは死者数を減らすためには何をすべきなのであろうか。
 チャンネルA(コロナ直接死)への対応策としては、感染者数そのものを減らすか、または薬などのコロナに対する適切な治療方法を開発するかのどちらかしかない。治療薬は徐々に開発されてはいるが、まだタミフルリレンザのように街のクリニックで気軽に処方できるような汎用性を備えるまでにはいたっていない。しかし時間が経つにつれて薬の種類は増えていくと思われるため今後効果の高い安価な薬の開発に期待したい。ちなみに感染者数そのものを減らすことは不可能だと考えておいた方がよいと思う。オミクロン系統の変異株は麻疹を凌駕するほどの感染力(基本再生産数)を有していると推定されており、人間が社会的な行動を営む限り、感染拡大を止めることは不可能だと考えておいた方が現実的である思われる。
 チャンネルB(コロナトリガー)への対応としては、とにかく基礎疾患を有する人は自粛等の社会活動制限を行ってても感染防止に努めるべきだということになる。人ごみに近づかないとか、多人数の宴会には出席しないなど自己防衛に努めるしか方法がないと考える。社会的差別につながりかねないかもしれないが、それでも残念ながら身を守る方法はいまのところこれしかないのではないかと思う。マスコミもこのような注意喚起や啓蒙を断続的に行うべきだと思う。
 チャンネルC(医療崩壊によって死亡者数が増えているのだとしたら、これは人災である。政府は総力を上げて対応すべきである。これまで病床を増やした病院に補助金を出す等の病床確保政策が行われてきたが、救命医療に関しては状況の改善が見られない。ネックになっているのは病床数ではなくマンパワーの方だからである。とりわけ医療機関介護施設におけるクラスターの発生はこの人手不足に拍車をかけている。医療システムに関するパラダイムシフトを行うべきである。具体的にはオンライン診療の一般化、薬剤師による解熱剤等の処方箋発給の解禁、自治体による在宅訪問医の直接雇用(公務員医師)などである。どれも医師会の反対は強いと思われるが、国民の命と健康を守るのが政治であるならば、万難を排して政治決定するべきものだと思う。

■ まとめに代えて 

 2023年のコロナの感染状況はどうなるだろうか。現在第8波の真っただ中であるが、今週に入って沈静化に向かう傾向が表れ始めている。アメリカで流行し始めた変異株(XBB 1.5;通称クラーケン)などが日本で流行しないならこのまま沈静化に向かうだろうし、クラーケンが日本でも流行するのであればこれから2月にかけて2段ロケットのように第8波は継続することになるだろう。いずれにしてもおそらく暖かくなるころにはいったん沈静化し、また8月には第9波が発生し、秋口にいったん沈静化したのちにまた12月ごろには第10波に見舞われるのではないだろうか。このながれは季節性インフルエンザと同様にもはや人間の力で止めることはできないと考えておいた方がよいのではないかと思う。重要なことは感染の波がくるかどうかではなく、感染の波が来ても死者の増大を引き起こさないようにすることである。

 ところで、コロナの波がくるたびに感染者数(陽性者数)や死亡者数が連日のように報道されている。そしてそのたびに「年齢別割合や基礎疾患の内容を詳しく報道しろ」というコメントが飛び交う。また「死んでいるのはほとんど高齢者だ」ということを強調するようなコメントも見かける。これらの言動の中には無意識かもしれないが「高齢者や基礎疾患持ち(身体的弱者)が死ぬのは仕方がない」というニュアンスが込められており、私はこのような社会的風潮に一抹の得体のしれない恐怖を感じる。この風潮は日本の若者の閉塞感を象徴しているのかもしれないが、そういうときだからこそむしろ、自分自身も病気になるかもしれない、自分もやがては老いていく、というようなことを想像してみることをお勧めしたい。セーフティネットがたくさんある社会は、社会全体のストレスを緩和し人々の気持ちに余裕をもたせるものである。弱者が安心して暮らせる社会を構築する(共生社会)という理想を捨ててはいけない

未来を創造するためにまずは自分自身を守りましょう。