北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

第6波襲来(2) ~何をすべきか

本格的な第6波の上昇フェーズに突入した。国や自治体のとるべき対策は何だろうか。今回はオミクロン株の状況を踏まえた有効な対策について考えてみた。

  ■ リスクの視点から考える 

 現在感染が急激に拡大している状況にあるが、対応しなければならないリスクは何であろうか。その優先順位を考えるべきである。私の記事で何度も書いてきたが、最も優先すべきことは医療崩壊を防ぐことである。現状において医療崩壊が起こる最大の原因は、医師、看護師などの医療関係者の感染(濃厚接触)により欠勤せざるを得なくなることによる人手不足であろう。感染スピードが異常に速いからである。感染のスピードを鈍らせることが重要になるが、それ以外にも、感染者や濃厚接触者の隔離期間をオミクロン株の科学的知見にもとづいて再考することも必要かもしれない。

 二番目に対応すべきリスクは、重傷者数の増加である。感染者数が異常に増えれば比率は低くても重症者数も一定程度増加することが考えられる。重症者数の増加は人の命を守るという第一義的な観点以外にも、医療に大きな負荷をかけるものである。エクモであれ人工呼吸器であれ集中治療室運営であれ、専門的な技能をもった医師、看護師が24時間体制でケアしなければならなくなる。これによりたとえ病床が空いていても他の病気や怪我の患者を受け入れることができなくなる。助けられる別の命が助けられなくなるため、これも医療崩壊の一種である。リスクに即した対応をまとめると、なるべく重症者数を増やさないようにすること、重傷者が回復局面に入ったら対応可能な別の病院に転院させることなどが必要であり、これを実現するためには、指医療機関、協力医療機関、保健所、自治体行政当局などの密接な連携体制の構築が不可欠である。もともと、感染が拡大していない時期にこのような医療体制の整備が行われているはずであった。しかし残念ながらほとんどの地域で実際に行われたことは、わずかに確保病床数を増やすことくらいで、「墨田区モデル」のような総合的なしくみづくりにはいたっていない。

 ■ 総合的な医療協力体制~墨田区モデル 

 墨田区の医療体制は地域密着型、地域完結型医療モデルとしてしばしばテレビ等でもとりあげられている。デルタ株による第5波の際にもこの医療体制は抜群のパフォーマンスを示した。墨田区モデルの要は以下の3つであろう。
 第一は、自宅療養者の監視体制である。感染が急拡大する状況下では、かなりの数の自宅療養者が出てくることはやむを得ないことである。問題はこの自宅療養者の容態が悪化して死亡するようなことをどうやって防ぐかである。墨田区では、すべての自宅療養者にパルスオキシメータを配布し、さらに5つの健康観察チームが分担して24時間体制で自宅療養者の観察を行っている。また自宅療養支援薬局が29店あり、対処療法的な薬の相談にのってくれる。容態に異変があればすぐに保健所や病院に繋がるようになっている。この密接な見守り体制は自殺者減少にも寄与していることが報告されている。

 第二のポイントは、保健所の増員である。通常10名程度である職員数を125名(都から3,区役所から20、人材派遣会社から29など)に増員し、積極的疫学調査や検査の徹底などに手を抜かないことである。一時的に感染者の実数は増加するかもしれないが、最終的には濃厚接触者や無症状陽性者を歩き回らせないことによって、感染のピークを低くすることが可能となった。

 第三のポイントは、保健所、指定病院(墨東病院)、協力病院(医師会)、区役所等による頻繁なミーティングの開催である。これにより指定病院である墨東病院が抱える課題や大変さなどを他の病院や行政機関が共有することができ、協力の機運が盛り上がっていった。これらの施策によって、重傷者リスクの高い感染者をいち早く発見して抗体カクテル療法を早期に適用したり、重症者が多少回復した際には他の中小病院に転院してもらってリハビリを荷うなどの循環的なシステムを円滑に回すことが可能となったわけである。

 もともと墨田区は防災に対する共助意識の高い地域であり、地域全体が協力して困難に立ち向かうという風土をもっているため、簡単に全国に適用することは難しいかもしれないが、各地域の自治体がお手本として地域独自の協力体制を模索していくべきであり、国はそのために必要な支援を進めていくべきである。いまからでも遅くないので、ぜひ厚生労働省などで強力な旗振りをしてほしいものである。墨田区モデルについては、以下のサイトを参照。

https://www.city.sumida.lg.jp/kuseijoho/kutyounoheya/corona/corona-message-39.html

https://diamond.jp/articles/-/263248?page=2

 

■感染すピートを鈍らせる方法はあるか

 もう一つの重要施策である感染すピートを鈍らせる方法について考えてみたい。毎度のことであるが、感染が拡大してくると、すぐにまん延等防止重点措置(まん防)や緊急事態宣言の話がでてくる。しかしながら第5波のときをみればあきらかなように、まん防はほとんど効かない。そもそも飲食店の時間短縮がメインの措置であるため感染抑止効果は気休め程度しかない。ましてオミクロン株のような強力な感染力をもったウイルスの場合、感染拡大の源泉が会食とは限らない。飲食店だけを抑え込んでも感染スピードを鈍らせることができるかどうかはかなり疑問である。個人のレベルの対策としては「マスク、手洗い、3密回避」を徹底する以外にできることはないと思うが、行政的な施策としては、対策や協力のお願いや掛け声だけでは政策を行っていることにならない。具体的な施策を提示すべきである。密集空間(デパート、ホール、映画館等)におけるマスク着用の義務化なども考えられるが、今回のオミクロン株に関しては、最も有効なのはテレワークとオンライン授業の推進である。同じ集団が長時間同じ室内にいる状況を可能な限り減らすことが大切である。オミクロン株のけた外れの感染力を考えると、学校で感染して家に戻った子供が父母に感染させ、感染を知らずに父母が職場に行って職場の同僚に感染させる、または職場で感染した父母が家庭で子供に感染させ、感染を知らずに学校に行った子供がクラスの他の子供たちに感染させるという強力な循環ポンプができる可能性が高いように思われる。

 テレワークに関しては掛け声だけかけてもなかなか推進しないと思われるので、政策としてはテレワーク推進補助金の新増設や全面テレワーク企業への時限付き法人税減税などが考えられる。オンライン授業に関しては大学や私立学校を除けば、地方自治体の決断で可能である。感染拡大地域の公立学校を一定期間(2~3週間程度)登校停止にして原則オンライン授業とする通知を出すことは可能である。「子供がかわいそうだ」という声が上がることは十分に予想されるし、オンライン授業はとりわけ低学年においては教育効果を低下させることも承知してはいるが、いまの感染爆発を考えると、学校で感染して家庭に持ち帰るというルートを遮断することは非常に重要なのではないかと考える。また高校受験、大学受験のシーズンであるので、受験生を守るためにも中学、高校における一定期間のオンライン授業化はやむを得ないのではないだろうか。

 最後に禁断の方法について一言触れておきたい。見かけの感染者数を減らすために検査をしない(削減する)という方法である。たしかに見かけ上感染拡大スピードを鈍らすことができるが、これをやるといつまでたってもだらだらと感染が継続することが考えられる。日本はすでにかなりこのような状況に近いのかもしれないが、それでは新型コロナの収束に向けてまったく道筋が見えないばかりか、後遺症ケアの問題や日本独自の変異株の発見などに大きな支障が出ると思う。やはりやってはいけない方法ではないかと思う。今回の記事では3回目のワクチン接種に触れなかったが、そもそも今の感染状況ではこれから3回目のワクチン接種の準備をしてもまったく間に合わない

未来を創造するためにまずは生き残りましょう。