北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

どうするプーチン ~出口はどこにある

ロシアのウクライナ侵攻から1年、プーチンもゼレンスキーもバイデンもそれぞれスピーチをおこなっている。泥沼化の様相を呈しているが出口はどこにあるのだろうか。私は軍事戦略の専門家ではないので、こまかい戦況の予想はできないが、今回はこの戦争の出口問題を中心に深堀りして考えてみたい。

 

 ■ 状況の整理 

 1年前の2022年2月24日ウクライナとの国境付近に終結していた20万人のロシア軍が一気に東部南部北部のウクライナ領になだれ込んだ。当初は1週間程度でキーウが陥落しウクライナに親ロシア政権が樹立され講和に持ち込むシナリオだったと思われる。しかし霜解けのぬかるみの田園地帯をロシア軍の戦車が進軍することは不可能で、北部国境からキーウに向かう50キロの隊列となり、側面攻撃を受けたロシア軍はあえなく撤退を余儀なくされた。素人目に見ても信じられないほど稚拙な作戦であった。
 その後ロシアは東部と南部に軍を集中させ、ウクライナ領土の約2割を2か月足らずの間に制圧し、東部2州(ドネツク、ルハンスク)のロシアへの独立を宣言した。しかし西側から効率的な携帯兵器(ドローンや携帯ロケット砲など)が大量にウクライナに供与されるにしたがって、戦線は膠着し始め、黒海艦隊の旗艦「モスクワ」がミサイル攻撃であっけなく撃沈されたあたりからウクライナはロシアを押し返し始め、奪われた領土の半分近くをすでに奪還している。
 また、西側の当初の思惑としては強力な経済制裁を行うことによってロシアは経済的に疲弊し長期間戦争を継続できなくなるというシナリオを描いていたと思われる。ロシアとの貿易を遮断し、金融資本移動を制限し、さらに外国企業も次々とロシアから撤退した。当初はルーブルは暴落したしロシアは資金調達ができずにデフォルトすると考えられたが、現実はそうはならなかなった。中国やインドなどがロシアの資源を安く買いたたくという行動に出たからである。また中国経由で多様なロシア製品が中継貿易のように世界中に売りさばかれ、また中国経由で先進国の工業製品もロシアに入ってきている。食糧難に苦しむアフリカ諸国もロシアからの食料輸入を止めてはいない。つまり西側の経済制裁は抜け穴だらけの状態なので経済制裁だけでロシアが戦争継続能力をなくすような状況にはならない。実際ウクライナのGDPは1年で30パーセント低下したが、ロシアのGDPは2パーセント程度しか低下していない。また、ロシアは戦争継続のために武器をイランや北朝鮮から購入していることが伝えられているが、ここへきて中国からの武器供与の可能性が取り沙汰されている。これはロシアの戦争継続能力を飛躍的に向上させる可能性がある。他方ウクライナ側には、強力な戦略兵器の供与が始まっている。長期理射程の大型砲や最新鋭の戦車などである。ウクライナ、ロシアの双方に武器が次々と供与されることによって戦闘は激化していくだろう。最終的にはどうなっていくのだろうか。

 ■ 4つのシナリオ 

 この戦争はどのように戦うかということよりどのように終わらせるかということが決定的に重要である。すでにロシアの侵攻によって、第二次大戦後70年以上保たれてきた世界秩序が完全に崩壊してしまっているため、次の世界秩序がどのような方向に向かうのかはこの戦争の終わらせ方にかかっている。ありそうなシナリオについて概観してみよう。
【シナリオ1】プーチン失脚

 ロシア国内で軍部クーデターや反体制派による攻勢などの何らかの要因によってプーチン大統領が失脚(または殺害)等が起こり、ウクライナ撤兵の雰囲気が醸成され、プーチンに変わる新たな政権がウクライナからの撤兵と引き換えにロシア・ウクライナ間に講和条約が結ばれることである。明らかに欧米が望んでいるのはこのシナリオであろう。戦況を一気に決めてしまうような強力な戦略兵器の供与を行わずに戦争を長引かせる政策をとっているのはこのためである。なおプーチンが早期に失脚するようなことになれば、ロシア連邦(20以上の共和国で構成)そのものが崩壊し多くの共和国が独立し、中央アジアや東ヨーロッパに新しい紛争の火種ができる可能性についても注意が必要である。私は個人的にはこうなっても構わないと思っている。「侵略国家は滅びる」という事実を突きつけることは新しい世界秩序の確立に向けて必要な価値観ではないかと思う。
【シナリオ2】ウクライナ電撃勝利
 最新鋭戦車などの西側からの武器供与と、ロシア兵の戦意低下の両方の要因によって地滑り的にロシアが後退していき、核兵器を使う間もなく短期間のうちに国境線までロシアが押し返されるというシナリオである。NATO軍の中にはこのシナリオを模索する動きが存在することは疑いないところであるが、成功するためには極めて短時間のうちにすべての前線を押し返さなければならない。現実にうまく行くかどうかはやってみなければわからない。もし失敗すると後述のようにロシアが核兵器を使用するタイミングが生じてしまうことになる。現実的にはかなりリスクの高いシナリオと言わざるを得ない。

【シナリオ3】泥沼の10年継続
 中国からの武器供与とロシアの情報統制が功を奏してロシアの戦争継続能力が維持され続け、戦力が拮抗する状況で延々と戦闘が続いていく状況である。一歩間違えるとこのシナリオになりかねないと危惧される。ただしプーチンの年齢的なことを考えるとどんなに続いても10年程度が限界ではないかと予想される。このシナリオは最終的にはプーチンの病気、老衰等により後継者に引き継がれるが、プーチンの病気離脱によって転機を迎えることは疑いないところであろう。したがって時間はかかるが最終的にはシナリオ1と同様の結果になるだろう。
【シナリオ4】核使用による世界の混乱
 最悪のシナリオである。シナリオ2の電撃作戦が失敗し、例えばクリミアだけを電撃的に取り戻しても東部ではかなりもたつくなどの状況になると、ロシアが核兵器を使うタイミングが出てきてしまう。まさかICBMをキーウに打ち込むということはないだろうが、小型の戦術核でもヒロシマ型原爆の10倍以上の威力がある。もし使用したらウクライナの一つの州が廃墟になるだろう。こうなった場合は世界がどう反応するかはまったく予測できない。NATO軍がモスクワに核を打ち返すというような準備は現段階では存在しないが、ロシア軍基地への直接攻撃(空爆)等は十分にあり得る。それ以上にこれまでロシアを擁護する動きを見せていた国々も一斉にロシアから離れるだろう。このときロシアはどう動くのだろうか。あるいはアメリカや中国は世界に向かって何を語るだろうか。おそらく少なくとも数年間は世界は大混乱するだろう。ロシアに有利な講和が結ばれる可能性はなく、ロシアは「ならず者国家」として世界から完全に孤立することになる。

上記の4つのシナリオの中にロシアが電撃的に勝利するというものが含まれないのは、このシナリオはまったく可能性がないからである。ロシアの兵員不足はかなり決定的な状況であり、電撃的に勝つには核兵器化学兵器を使うしかないが、それはシナリオ4でありロシアに勝利はない。

 ■ どうするプーチン、どうするゼレンスキー 

  ロシアの戦争継続能力に最も大きな影響を及ぼす可能性があるのは、経済制裁ではなく若者の国外流出による兵員の不足と生産力の低下であろう。プーチンは今回のスピーチの中で徴兵による追加動員について一切触れなかったが、戦争の正当性と国民の団結を強く呼びかける中で追加動員に踏み切る可能性が高いと思われる。これを受けてさらにロシアの若者たちの国外逃避が加速することが考えられる。プーチンはこれを防ぐためにさらに情報統制や恐怖政治の色彩を強めていくだろう。同時にプーチンは暗殺テロやクーデターに怯えながら生活することになるだろう。自暴自棄になった独裁者の末路として、別の記事で述べたようにヒトラーの「パリは燃えているか」に象徴されるように、シナリオ4に突っ込んでいくかもしれない。このプーチンに救いの手を差し伸べているのは中国である。ウクライナ戦争終結後の世界秩序構築に際しても主導権を握りたい中国の思惑が見え隠れするが、プーチンにとっては自らの孤立と不安を和らげてくれる存在には違いない。「味方がいる」という感覚は心理的には極めて重要なものである。中国から継続的に武器供与を受けられるのであれば数年間戦争を続ける覚悟を固めてシナリオ3の方向に動くかもしれない。他方ゼレンスキーはレオパルトなどの強力な戦車の威力が予想を超えたものである場合にはシナリオ2を目指すかもしれない。こう見てくると、全体的なシナリオ選択を決定づけるのは、多少シンボリックな言い方をすれば、習近平とレオパルトがカギを握るということになるかもしれない。

未来を創造するために、まずは自分自身を守りましょう。