北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

第6波襲来(4) ~ハイリスク者対策に焦点を

現状政府のオミクロン対策は迷走しているように見える。どこに焦点を当てているのかまったく分からなくなっている。私はなるべく有効なオミクロン対策パッケージの提案を目指しているが、今回は最も焦点を当てるべきものの一つである「ハイリスク者」について掘り下げて考えてみたい。 

 ■ 政府の迷走 

 政府分科会の尾身会長は先日「若者は検査なしで診断する」という方針を述べたが、これはすぐに多方面から批判を受け、さらに厚生労働大臣がそれを否定したことから、撤回されることとなった。その直後専門家グループから「若者は自宅療養とする」という提言が行われた。しかし、これは新たな提言と言うようなものではなく、既になしくずし的に実行されているものである。「オミクロンとデルタはまったく違うものなのでオミクロン株に合った対策が必要」と何度も述べている割には、オミクロン株に有効な対策をほとんど示すことなく、まん延防止重点措置として飲食店の時間短縮などのほとんど効果のない対策を続けている。迷走する最大の原因は、対策がどこに焦点を当てているのかがまったく響かないからである。より具体的にいうと「主語の使い方」に問題があるからである。以下でこの点について掘り下げていく。 

 ■ ハイリスク者の概要 

 まずオミクロン株対策でポイントになると言われている「ハイリスク者」について見ていきたい。下の表は厚生労働省の「新型コロナウイルス診療の手引き(第6-1版)」から作成したものである。

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 この表から2つのポイントを指摘することができる。一つは死のリスクがある基礎疾患の明確化である。心血管、脳血管、腎臓、肝臓、呼吸器の疾患、糖尿病などである。少数の列挙のように見えるが、実際には糖尿病だけで治療中の確定患者だけで数百万人、糖尿病が強く疑われる者は1千万人を軽く超えると言われている。
 もう一つのポイントは基礎疾患のある高齢者の致死率の高さである。とりわけ基礎疾患のある75歳以上の人にとってはペストなみの警戒が必要なレベルである。この表は2021年度のデータから作成されているので、主としてアルファ株やデルタ株に対するデータであるが、オミクロン株でどうなるかは現段階では明らかではない。しかし、何度も書いているように、危機管理の文脈では、よくわからないことを楽観的なバイアスで考えてはならない。最悪の状況(ハイリスク者にとってはデルタとオミクロンは同等)を想定して対策を立てるべきである。

 ■ マスコミ報道に工夫を 

 オミクロン株に関するマスコミの報道の仕方についても工夫が必要である。そもそも災害報道に関して、例えば地震の際には「火を消してください、窓から離れてください、海岸に近づかないでください」などハイリスクに対する注意を呼びかけるはずである。なぜ新型コロナだけ感染者数を伝えることに終始するのか。感染者数が増えたこと(過去最多など)を重視し続けるのか、いささか報道の使命として疑問である。

 本来、例えば「糖尿病の人は人ごみに近づかないようにしてください。」などと放送したらダメなのだろうか。「ご家庭に基礎疾患のある高齢者がいる人は、感染防止に万全の対策をとってください。」と呼びかけることは報道機関の使命ではないのだろうか。
 政府や専門家のメッセージの迷走も、「若者は」を主語にするからどこに焦点を当てているのか全く分からなくなってしまう。「○○の病気を持っている人は・・・」「75歳以上の人は・・・」という主語で語りかけることが必要なのではないだろうか。

 また、現状においては、「オミクロン株は重症化しない」、「多くの症状が鼻水やのどの痛み」というメッセージが誇張されて伝わっており、人々の行動変容が起きにくい状況をマスコミが作り上げているように見える。「鼻水やのどの痛みならただの風邪じゃないか」という強いメッセージが人々に届けられる結果になっている。(症状の問題は後述する。) しつこく書くが、「若者は重症化しない」ではなく「○○の人は重症化する可能性が高い」と叫び続けるべきである。

 ■ 症状区分に変更が必要 

 これまで重症者数や死の危険が高いハイリスク者に焦点をあてるべきことを述べてきたが、医療崩壊や病床逼迫の観点から、オミクロン株特有の重要なポイントがもう一つある。それが重症や中等症などの症状区分の基準である。新型コロナウイルスの症状区分は先述の厚生労働省から出されている「診療の手引き」の中に記載されている。ポイントは肺炎を軸にした区分なので、肺炎の所見がなく血中酸素濃度が96以上あれば「軽症」、肺炎の所見または酸素濃度が93~96であれば「中等症Ⅰ」、93以下であれば「中等症Ⅱ」とされている。中等症Ⅱでは酸素投与が行われる。重症は集中治療室に入院または人工呼吸器(エクモを含む)が必要な状態である。明らかに肺炎と呼吸状態をベースにして区分している。しかしながらオミクロン株に関しては、感染部位の多くが肺ではなく上気道に集中していることを考えると、症状区分はオミクロン株に対しては「病床を埋めてしまうリスク」をベースにして見直すべきである。「のどや関節の痛み」は普通の風邪でもインフルエンザでも現れるので「たいしたことはない」と思われがちであるが、実際の症例を眺めてみると、関節の痛みや倦怠感でまったく動けなくなる、歩行することはおろかベッドから起き上がれないなどの強い症状がある例も散見されている。また、のどの痛みは風邪では普通のことだが、痛み止めでもひかない強烈な痛みにより食事や会話もままならない状態になっている例も見られる。サイトカインストームが発生し血栓ができるリスクも高まっている状態も多いと思われる。このような人たちは当然かなりの期間病床を埋めることになるが、それでも現在は「軽症」という扱いになる。このような病床逼迫の要因になるような数日で退院できない状況になっている人を何らかの形で「中等症」の中に含め、中等症の数字を毎日公表すべきであり、マスコミはこれをこまめに伝えるべきである。「軽症、中等症」とひとくくりにしてしまうとオミクロン株の実態を見誤る可能性がある
 さらに、これまでも何度も書いてきたが、人工呼吸器をつけていなければ集中治療室に入っていても重症者にカウントしないという態度を貫いている東京都は、早急に国基準にそろえるべきである。オミクロン株が肺炎ではなく血栓等による合併症が重要なのだとするとなおさらである。

 ■ オミクロン対策パッケージ最新版 

 以上のような検討を踏まえて、私が提言しているオミクロン対策パッケージを以下の表のように少し追加しておきたい。 

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 学生からの質問が多いので「濃厚接触者を追いかけないこと」と「無料検査体制の拡充」に関して少し補足をしておきたい。濃厚接触者追跡は疫学調査として重要なものである。インフルエンザにおいてもできるものであればやるに越したことはないものである。しかし、数が多すぎてこれをやると社会経済活動が止まってしまうため、5類感染症では致死率を考慮して濃厚接触者の追跡を行わないことになっている。オミクロン株に関しても同様で、保健所のエネルギーを「電話かけ」に振り向けるより、ハイリスク者の医療調整に振り向けるべきであると考える。ただし医療機関介護施設、高齢者施設などでは直接的な重症化リスクが高いことから、当該施設の職員の協力を得て濃厚接触者を特定するメリットは大きいと思う。学校に関しては賛否両論あると思うが、濃厚接触は学校独自で特定できるため(より端的に言えば学級閉鎖や学年閉鎖など)、家庭に持ち帰って感染者が循環的に増えるポンプのような機能を少しでも封じる必要があると考えるものである。
 ところで、濃厚接触者の追跡を行わないようになると、当然基礎疾患を持つ人や基礎疾患を持つ人と同居する人などの不安は高まることになる。ハイリスク者の感染を早期に発見し、早期の治療に移るためには、積極的に検査を行ってもらうしかないと思う。まして重症化を防ぐ薬としてで恥じているモルヌピラビル(メルク社)やパクスロビド(ファイザー社)は感染から3~5日以内に飲まないと効果がない可能性が指摘されているからである。

 これからもオミクロン株の実態が次第に明らかになっていくにしたがって、対策を柔軟に変更していく必要があると思う。政治家も専門家会議も前言変更や朝令暮改の誹りを恐れることなく、強い気持ちをもってメッセージを発信してもらいたいものである。丁寧に説明すれば必ず心ある人には伝わるものである。

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