世界各国のデータによってワクチン追加接種率と新型コロナの感染者数・死亡者数との関係を検証してみた。極めて限定的な実証なので解釈は慎重に行うべきものであるが、結果はかなり予想を超えるものになった。
■ 分析の概要
前回の記事で、「3回目のワクチン接種についてはかなり悩む」と書いたら、「先生は反ワク派ですか?」と学生から問いかけられた。私は、「ワクチン接種は重症化を予防するためには有効」という医科学的知見(ワクチンは感染そのものを予防する効果もあるという主張も散見されてはいるが、こちらの方は重症化予防に比べるとかなり根拠が弱いように思われる。)を疑っているわけではないし、3回目のワクチン接種を妨害したいという意図もない。 むしろ基礎疾患のある人や高齢者はワクチンの追加接種を進めるべきであるという立場である。しかし、遅々として進まないワクチンの追加接種を「どうしたら促進できるか」という課題は、「現在解決しなければならない緊急の課題ではない」と考えている。「緊急性が低い」ことの根拠になるエビデンスとして、今回は、世界各国におけるワクチンの追加接種状況と感染者数や死亡者数との関係を調査してみた。調査分析にあたっては、 「チャートで見るコロナワクチン 世界の接種状況は」(日本経済新聞)に掲載されているデータ(2月7日時点のもの)を用いた。以下のサイトを参照。
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-vaccine-status/
まずワクチン追加接種率と新型コロナ感染者数との関係は以下のグラフのようになった。
ワクチンには感染そのものを予防する効果は少ないということなので、ほとんど相関がでないという結果を予想していた。しかし、散布図の結果を見て自分の目を疑った。何か間違えているのではないかと思い何度もやり直してみたが結果は変わらなかった。実にワクチン追加接種率と感染者数の間には正の相関がみられたのである。一見するとワクチンの追加接種が進んでいる国ほど感染者数が多いという感じに見える。ただし、念のために注意喚起をしておきたいのは、日頃統計を扱う人にとっては自明のことであるが、横断面データの相関関係は必ずしも因果性を意味しないということである。このグラフから「追加接種をすればするほど感染者数が多くなる」という因果法則を導くことはできない。「感染者が増えたから追加接種を急いだ」のかもしれないし、あるいはまた追加接種と感染者数の両方を押し上げている第三の要因が作用しているのかもしれない。いまのところ言えることは、少なくとも「ワクチンの追加接種が感染者数を低下させる」というエビデンス(証拠)は確認できなかったということである。
次にワクチン追加接種率と死亡者数との関係について見てみよう。
上のグラフから明らかなように、ワクチン追加接種率と死亡者数の間にはわずかに負の相関がみられるもののほとんど無相関と言ってよい状況である。マケドニアやクロアチアなどの東ヨーロッパから中央アジアにかけて状況が悪い(異常値を示す)国々によってわずかに右下がりの回帰線となっている。一見するとワクチン追加接種率の高低と死亡者数の間には何の関係もないということになりそうだ。しかしそう言い切ってしまうのはやはり拙速である。最初のグラフで追加接種率と感染者数の関係を見たときに異常値ともいえる領域にいるシンガポールやデンマークは、死亡者との関係においてはかなり下の方に位置している。このことは感染者の割には死亡者が少ないことを意味しており、「ワクチンの追加接種が奏功した結果」である可能性を否定できないからである。したがって、ワクチンが死亡者数や重症者数の減少を実際にもたらしているかどうかについては、時系列データも含めて(統計的にはパネルデータを作成して)もう少し時間の経過を追って分析してみなければわからないのではないかと思う。
これまでの2つのグラフから得られる示唆としては、やや粗い言い方になるが、以下の2つであろう。
・追加接種を急いでも感染者数を低下させる確率はかなり低い。
・追加接種によって必ず死亡者数が低下するという保証はない。
このように考えると「追加接種をどうやって促進すればよいか」という問題は、現在日本が直面している課題の中で、緊急に解かなければならない課題であるとは考えにくいのではないかと思う。
■ 緊急の課題は
上の2つのグラフからもう一つ重要なことを指摘しておきたい。両方のグラフから明らかなように、日本の現状は、人口1億2千万人という規模からみたときの新型コロナの感染者数や死亡者数は、世界の中で見ると相対的にかなり低い水準にあることである。これは「急いで右に動いていかなければならない理由はない」という上述の結論と符合する。それではなぜこの程度の水準で医療が崩壊するのか。これが今の日本が解くべき最大の課題なのである。
私は昨年9月15日の記事で医療崩壊のメカニズムについて考察した。以下を参照。
医療崩壊から見えてくるもの ~何をなすべきか - 北川浩の徒然考 (hatenablog.com)
その中で、日本の医療システムの構造を短期的に変えることはできないので、新型コロナの軽症・中等症治療を大規模な施設に集中させることの必要性を強調した。その後、東京都の酸素・医療ステーションや大阪府の大規模医療療養センターなどが開設され第6波に備える動きが出てきた。ここまでは良かったが残念ながらこれらの取り組みは今のところ所期の機能を果たすことができずにいる。原因は様々であり、医師、看護師などの人手を安定的に確保できないこと、その施設につなぐ仕事をするための保健所が機能していないこと、検査が渋滞してハイリスクの感染者を発見しにくいこと、などなどである。したがって緊急に解決すべき課題(の分岐)として、
・ボトルネックになっている保健所の機能をいかにして回復させるか
・ハイリスク者感染を早期に発見し医療へのアクセスをいかに確保するか
・救急搬送体制のひっ迫をいかに防ぐか
などがポイントになると思う。さらにここへきて「検査試薬が足りない」「検査キットが足りない」などの検査ひっ迫問題が発生しているが、先進国の医療行政としては考えられない失態であると思う。大至急国を挙げて検査供給体制を回復するべきである。期待が持てるのは、最近になってようやく、以前の記事で紹介した「墨田区モデル」のような医療ネットワークの構築に向かおうとする自治体も出てきたが、これは大変心強いことである。
これからSDGsや共生社会を目指していくなら、ハイリスク者対応は社会的責務である。「高齢者はどうせ死ぬんだから放っておけばよい」という社会であってはならない。やがては今の若者もたどることになる道だから。
未来を創造するためにまずは生き残りましょう。