北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

ワクチンは本当に切り札か?

現在政府の中に「ワクチンさえ普及すればコロナ禍は終わる」という楽観的な観測が蔓延しているように見える。しかしこれは現在進行していることを放置することと表裏の関係にある。ワクチンはやがて(数か月後には)国民全体の7割程度に普及すると思われるが、これで本当にコロナ禍が終焉するであろうか。この問題を掘り下げて考えてみたい。

  ■ ワクチン頼みは無策と同じ

 まず最初に現在起こっていることを概観しておこう。毎日全国で2万人を超える陽性者が確認され、重症者も徐々に増加し1500人を超えて過去最多を更新している。しかもこの重症者数は東京都に関しては独自基準によるものを含んだ数字であり、実際は(厚労省基準では)それよりはるかに多い。幸いにして死者に関しては今のところはそれほど顕著な増加傾向はない。これは高齢者の罹患者の割合が少ないことに起因し、ワクチンが奏功していると考えることができる。このことをもってワクチンが若年層にいきわたる数カ月先には新型コロナは収束するだろうという楽観的な見方がでてくることになった。
 この考え方は一見すると論理的に正しそうに見えるが、政策的、危機管理的には2つの問題を無視している。一つは目の前で起こっていることを放置するという態度である。新型コロナの「重症者」の定義を想起してほしい。重症者に分類されるのは、人工呼吸器またはECMO(人工肺)を装着しているか、または集中治療室(ICU)で治療されている者(東京都はこれをカウントしない)である。また「中等症2」は肺炎の症状があり酸素投与が必要な者であり全国で数千人にのぼっている。現在重症者や中等症2の過半数は40代、50代の中年層である。考えてもみてほしい。40代、50代の人は多くの場合、就学中の子供がありお父さんお母さんとして家族を支える存在である。このような立場の人たちがある日突然人工呼吸器につながれ面会謝絶で何カ月も家に帰ってこないということが家族に与える影響はいかばかりか。このような状況が現在進行形で増加しているのだとしたら、それを止めるのが、少なくとも止めようとするのが政治の仕事ではないだろうか。「ワクチンさえ打てば」というのであればあまりにも無策で、眼前の火事に対して「雨が降れば消える」と言っているようなものである。
 第二の問題は重症者や中等症2の患者のほとんどは大病院の急性期病床を埋めていることである。本来急性期病床は高い回転率で運用されることを前提としているが、新型コロナの重症者は1か月~数カ月個室ベッドや集中治療室を占有する。このことは救急救命のための空きベッドがなくなっていくことを意味しているが、現在すでに救急車の受入れ不能たらいまわしなどが頻繁に発生しており、コロナ以外の事故や急病などの患者の命が危機にさらされていることを物語っている。これは医療崩壊に他ならない。これまで私は折に触れて、戦略の優先順位として、医療崩壊防止>感染拡大防止>弱者救済>景気対策、と言い続けてきた。医療崩壊は人の命に直結するものであり、無策で放置することは「人災」だからである。早急に仮説のコロナ専用病棟を建設すべきであり、開業医も含めて集中的に活用できる医師、看護師のローテーションを組む(例えばすべての開業医が週1日コロナ病院で勤務するなど)べきである。パラリンピックに医療資源を割いている余裕があるだろうか。

 ■ ワクチンの効果

 「ワクチンさえ普及すればコロナは終わる」は本当だろうか。これは全人口の6~7割が免疫を持てば、人から人への感染はブロックされウイルスの実効再生産率が限りなくゼロに近くなり感染が拡大することはない、という集団免疫の考え方から来ている。しかし結論から先に言うと、以下の3つの理由により新型コロナウイルスに対する集団免疫は構築できない。

★ワクチンの感染防止効果は完全ではない。

★ワクチンによって生成される中和抗体(免疫機能)は時間と共に減少する。

新型コロナウイルスが変異するスピードは早い。

 すでに世界で猛威を振るうデルタ株によって、ワクチンが切り札ではないことが如実に示されている。ワクチン接種の先進国であるイスラエルにおける感染拡大の中で、ファイザー製のワクチンの感染予防効果は60%前後である事が推測されているが、ペルー由来のラムダ株だとさらに効果が限定的になると言われている。しかもワクチンを忌避する人々がどこの国でも一定の割合で存在する(多様性の観点からこのような人々の存在は重要である)ことを考えると、ワクチンだけで新型コロナウイルスを封じ込める集団免疫を獲得することはかなり難しいと思われる。さらに以下のニューズウィークの記事によると、ファイザー製ワクチンの効果は2回目接種から2か月後にピークとなり、その後徐々に低下し半年後には84%に低下する。1年後だとさらに低下をしていると予想される。

ワクチン効果は2カ月後から低下、やはり3回目接種が有効との調査結果|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp)

このような状況から3回目の追加接種(ブースターショット)が推奨されることとなった。しかし新型コロナウイルスはインフルエンザと同様にRNAウイルスであり頻繁に変異を繰り返す。天文学的な回数の変異の中で中和抗体を回避するものができれば、それは圧倒的な力で感染拡大を引き起こすことになる。このためインフルエンザと同様にほぼ毎年のように新しいワクチンの接種を行わなければならないことになる。しかも話はこれで終わりではない。現在研究途上にあり、正確なことは分かっていないものが多いが、抗体依存性増強(ADE)と呼ばれる現象を注視しておかなければならない。これはワクチンによって生成された抗体がかえって症状を悪化させる現象のことで、他のウイルスにもときどきみられる現象である。現在急ピッチでメカニズムの研究が進んでいる。以下を参照。

新型コロナウイルスの感染を増強する抗体を発見―COVID-19の重症化に関与する可能性― | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (amed.go.jp)

要約すると、新型コロナに対してワクチンだけに頼った闘いを行おうとすると、インフルエンザと同様に、致死率の高い新新型コロナの出現におびえながら、定期的に(毎年)ワクチンを世界中の人々が接種しなければならないということになる。インフルエンザの場合は即効性の高い治療薬などの治療法が確立しているが、新型コロナに関しては治療法の地検は極めて限定的である。治療法の研究を国家プロジェクトとして急ぐべきであると考える。米国CDCによるとデルタ株の感染力は水疱瘡(ヒトヘルペスウイルス)と同等であると推測されているが、そうだとすると人類はこれから気の遠くなるほど長い年月新型コロナと付き合っていかなければならないことになる。ヘルペスは人類と数千年共存しているのだから。これまで私はコロナ以降(アフターコロナ)の社会のあり方を考えていこうとしていたが、もはや人類にアフターコロナは来ないと考えた方がよいようである。数百年以上ウィズコロナがあるのみなのかもしれない。いまからでも遅くないので感染症専用病棟の増設を急ぐべきである。これから長い間使うかもしれないので。

未来を創造するためにまずは生き残りましょう。