北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

緊急事態宣言の延長はぜひ「具体的メッセージ」と共に

5月6日までの期限で出されている「緊急事態宣言」はその延長(5月31日までが有力)が確実視されている。しかし、1か月「自粛」すれば終わりというものではない。われわれはこの延長をどのようにとらえればよいだろうか。また、政府は国民に何を伝えればよいだろうか。現状に即して考えてみた。

  ■ 緊急事態宣言の延長と解除 

 

 もともと日本の「緊急事態宣言」は強制力の点では中途半端なものであり、社会経済活動を停止してウイルスを封じ込めるような力をもっていない。しかしそれでも、日本人独特の社会的同調圧力(世間体、他人目等々)により、相当程度社会経済活動を抑え込んでいる。緊急事態宣言の解除は、この同調圧力から解放されることを意味している。 しかしながら、「解除」はウイルスに勝利したことを意味するわけではない。したがって、解除後に人々がどっと観光地に繰り出し、商店街やショッピングモールに人があふれ、などということは想定されていないし、実際にそのような状況が生じることも許されない。つまり、自粛してじっとがまんして待っていれば、1か月後には思い切り羽を伸ばせるということにはならない。解除によって消滅するのは「圧力」であって、ウイルスではない

 ■ ただ「自粛して待つ」のではなく、この1カ月でやるべきことを考えるべき

 

 したがってわれわれは、解除後に一定の活動が行えるように今から準備をしておくべきである。ここでいう「一定の活動」とは、ウイルスの感染拡大防止に最大限配慮したビジネス、教育、社会生活などである。

 具体的には、オフィスでも工場でも、飲食店でも、そして日常生活でも、他人との間に徹底して2メートル以上の距離をとって活動することである。つまり、6月1日以降に居酒屋で至近距離で向かい合って飲むような形は復活しないことを意味している。オフィスにおいては、働き方改革によるシフト制、テレワーク、時差出勤、ハンコ決裁の廃止、などできることを続けることである。そのために必要なITインフラをどんどん導入することである。飲食店や小売業においても、お客同士が2m以上の間隔をあけられるような店舗レイアウトの工夫、ロボットによる接客案内などである。教育界においてはオンライン授業ができるところとできていないところの格差が著しくなり、9月入学制への意向が取りざたされているが(この問題については稿をあらためて論じたい) 9月入学に移行するにせよしないにせよ、今やるべきことはすべての学校がオンライン授業可能になるような公共投資をすることである。これができていないと単に9月入学にしたところで何も解決しない。実際に学校を再開した場合、子供同士がつねに2m以上の距離をとり互いに向かい合って会話をしない、というような学校は、もはやわれわれが知っているような「学校」とはほど遠いものであろう。

 ■ 宣言延長には具体的なメッセージをつけて

 

 最近ようやく政治家や専門家会議の人たちの口から「もはや前の日常にはもどれない」「社会生活の変容」「パラダイムシフト」という言葉が聞かれるようになってきた。言わんとするところはわかるが、言葉が抽象的すぎてほとんど中身が国民に伝わっていない。緊急事態宣言を延長する際にはぜひ具体的に、5月31日まであと1か月何をしてほしいのかというメッセージを国民に投げかけてほしい

 ここで頭に浮かぶのは「3密を避けよう」というスローガンである。上手く伝わっているようで実はそうでもない。基本的に人間の脳は「否定文」をイメージすることができない。「密閉を避けよう」ではなく、「窓を開けて換気をしよう」、「密集を避けよう」ではなく「他人との距離を2m以上とろう」、「密接を避けよう」ではなく「会話はオンラインで」などのように具体的にやるべきことを述べた方がはるかに頭の中に残る。

 緊急事態宣言の延長をする際には、ぜひ具体的な(禁止文や否定文でなく)肯定文のメッセージをつけてほしい。例えば「飲食店やデパートのみなさん、6月1日に備えてお店のレイアウトを変えてください」といった感じである。実は政府や知事が述べることはもう一つある。

 ■ あと1か月、政府や自治体自身が何をやるのかを述べよ 

 

 もう一つ緊急事態宣言の延長と共に述べるべきことがある。それは自分たちがこの1か月何をしていくのかを具体的に述べることである。補償金、補助金、給付金、などの履行状況、医療体制確保の具体的方法と見通し、検査体制拡充の具体的な方法、治療薬認可の見通し、などなど、国民に希望が生まれるような話をなるべく具体的に語ってほしい。「制度をつくりました」ではだめで、「この制度によって何日までに何円のお金が払われます。」という言葉が必要である。危機に際して、抽象的な言葉は人々に響かない。人々がイメージできる(具体的に思い浮かべることができる)言葉をぜひ使っていただきたいと切に願う。

未来を創るために、まずは生き残りましょう。