北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

長期戦に備える非接触型イノベーション - 「がまん」だけではダメ、前を向こう!

緊急事態宣言が出された後、「一カ月がまんすれば終わる」という意識の人が多い。しかし、山中教授が述べているように「新型コロナとの戦いはマラソン」のようなもの、最初に息を止めて全力疾走したら途中で息切れすることは明らか。いま求められるのは環境に適応する我々の意識変革である。

 

 ■戦いは3年のつもりで

 

 新型コロナとの戦いはいつ終わるのか。中国、韓国、台湾、ニュージーランドなど新型コロナを制圧しつつある国もあるにはあるが、わが国は最初の2か月でこれらの国々と同じような対策を成し得なかったため、多くの欧米諸国と同様に新型コロナとの泥沼の戦いに引きずり込まれた。もはや、ワクチンが流布するまで終わらない長期戦に突入している。それではワクチンはいつごろ出回るのであろうか。
 各国の現状や予想などを概観してみると、概ね最短でも1年~1年半という見方をする専門家が多いようである。しかしワクチンの開発はそれほど容易なものではなく、楽観的な期待を持つべきではないとの警鐘を鳴らす専門家もいる。たとえワクチン開発に成功したとしても、それが各国で認可され大量生産されて世界的に使用されるようになるには、それからさらに1年程度を要するのではないかと予想される。したがって、新型コロナとの戦いには3年程度の覚悟で臨む必要がある。(詳細は記事末の各サイトを参照。)

 ■必要なのはイノベーションマインド

 

3年間我慢し続けるのはかなり難しい。しかし新型コロナを無視して経済活動を再開することも難しい。このような「正」「反」という構造のときは、違う角度からの発想「合」が必要である。つまり、「コロナが終息したら元にもどる、だから今はがまんする」という発想を捨て、「コロナがあろうとなかろうとやっていける形をつくる」という発想である。これはビジネスでも生活様式でも、教育においても必要なイノベーションマインドに他ならない。

★非接触型ビジネスイノベーション

 

現在は非接触型ビジネスを積極的に考案していくチャンスととらえるべきである。現状がIT業界にとってまたとない好機であることは論を待たない。案内係や給仕などの人間が接触しなければできないような仕事をどんどんロボットにやらせる。医療でも患者の健康状態を監視するセンサーを普及させ、異常があればAIが医者に知らせるシステムを開発する。お得意先へのドローン配送。また道路がすいているこの機会に、自動運転トラックの走行実験を行い、可能であれば流通センター間を無人トラックで繋ぐなど。とにかく人の接触を減らさなければならないわけだから、インターネット、IoT,ロボット、ドローン、AIなどを組み合わせたビジネス変革はいくらでも提案できる環境である。通常であれば、こんなことは人間がやれば、こんなことまでAIでやらなくても、と言われていたような作業でも、いくらでも進出することができる。2か月前であればロボットの案内係など味気ないと思われがちだったが、いまはロボットが出てくるとむしろホッとする。しかしIT業界以外の産業にとってもイノベーションを起こす余地はある。レストランや居酒屋はテイクアウト、宅配、ネット通販などで勝負する、あるいは一人チョイ飲みコーナーをベースに店を運営するなど。エンターテイメントや娯楽、プロスポーツなどは活路を見出すのはかなり困難であろうが、それでもインターネットを駆使した配信や、VRでの臨場感のある体験など、やれることはあると思う。政府はこのようなイノベーションを促進するための大規模な補助金を出すべきである。未曽有の国難であり、大切なのはスピードである。省庁縦割りの議論をしている場合ではない。

 ★非接触生活様式イノベーション

 

 生活様式の変革を握っているのは、働き方改革とテレワークの促進であることは衆目の一致するところであろう。働き方改革についていえば、最も改革すべきものは日本の労働が時間主義に縛られていることである。就業時間が8時間になっていれば、何もしないで机に座っていてもとにかく8時間経過するのをじっと待つ。日本の生産性を低下させている原因の一つであるが、これを作業時間ではなく作業内容に変えるだけでかなり意識は変わると思う。もう一つ今回のコロナ禍で指摘しておきたい重要な日本の習慣として、新卒一括採用が挙げられる。このシステムは今回かなり大きなダメージを受けているが、そもそも「新卒」に必要以上に大きな価値を置いている日本の採用市場に反省を促す契機になったのではないかと考える。テレワークについて言うと、最大の障害はハンコ文化と日本人の営業スタイルであろう。ハンコ文化は紙の文化を温存している元凶とみられているが、現代の技術を使えば印章のままですべてを電子化することは十分に可能であり、そこに踏み出すかどうかだけの問題である。営業スタイルはそう簡単に変えることは難しいが、テレビ会議システムとAIを組み合わせればかなりの営業が可能だと思う。できないのは接待飲み会ぐらいである。要は営業する側とされる側の意識改革の問題である。これらを推進するのは、政府の補助金ではなく企業トップや官僚トップの意識と覚悟である。

 ★非接触型教育イノベーション

 

 教育界には、「Face to Face」が最も効果が高いという根強いドグマがある。しかし1対1であればともかく、1対30のクラスワークと、AIによってプライバタイズされた教育の優劣はそう簡単にはつけられない。個々の教員の個人的なスキルに依存するところが大きいと考えられる。まして大学などの1対300のようなクラスでは、物理的な「教室」という密閉された空間が必要かどうかについて真剣に考える機会を、今回のコロナ禍が我々に提供してくれている。少人数のクラスであっても、物理的な空間の共有がどの程度必要かは検討の余地がある。現在私は、大学のゼミをテレビ会議システムを用いてオンラインで行っているが、教育効果が乏しいという印象はほとんどもっていない。テレビ会議システムとVR動画、eラーニング教材などを組み合わせれば、かなりのところまでやれるのではないかと考えている。ただし、
 これらの議論はあくまで学業に関する学習効果に関してである。学校という場は、「社会性を育む場」としての側面があり、行事や課外活動などを含めて子供たちの人間としての成長を促していると考えることができる。この役割は非接触型教育ではそう簡単には代替できない。
 現在世界中の教育がオンラインで行われるという壮大な社会実験が行われているが、新型コロナが終息したとき、教育はどうなっているであろうか。コロナ以前の姿に戻るであろうか、それとも全く違った様相になっているであろうか。少なくとも大学は元にもどることはないように思う。相当な割合でICTを活用した教育が力強く稼働している姿を予想している。

 アフターコロナの世界を読み解くことは現段階ではかなり難しい。しかし人間に本来備わっている力、「困難に直面した時にそれを跳ね返そうとするレジリアンス」こそが、人類をここまで生存させてきた力である。私は人類のこの力が、暗闇の中に一筋の閃光を見つけ出すと強くしんじるものである。

未来を創るために、まずは生き残りましょう。

【参考】ワクチンに関する記事等

 

  • 具体的な開発の現状

https://dm-net.co.jp/calendar/2020/030027.php

  • 1年~1年半

https://hbol.jp/217077

https://www.businessinsider.jp/post-209594

  • 1年半でできるという楽観的期待に対する警鐘もある。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-04-01/Q81PD9DWX2PZ01

  • 最長の予想としては2022年まで

https://www.technologyreview.jp/s/199595/social-distancing-until-2022-hopefully-not/

  • ワクチンや新薬開発の具体的なプロセスについては以下参照。

https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63966?site=nli