北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

10万円給付の不可解さ ~米百俵の精神を思い出せ

今般打ち出された経済対策の中で、18歳以下の子供に一人10万円の現金給付が盛り込まれた。昨年の全国民一律給付の際にも私は反対意見を述べたが、今回はそれよりももっと意味が分からないものになっている。今回はこの問題を掘り下げてみたい。

 ■ 給付の概要 

 今回打ち出された経済対策等の規模は全体で40兆円、その中で子供向け現金給付に充てられる資金は約2兆円弱である。ちなみにそのほかの対策はマイナポイント還元、中小企業向け250万円給付、介護・保育等の給与拡大支援、などである。18歳以下の子供で現金給付されるのは世帯主の年収が960万円以下の家庭の子供であるが、日本の世帯別の年収分布では全世帯のほぼ9割に相当する。

 ■ 不可解なこと 

  最も不可解なことは、「これは何のための対策か?」がまったく不明であることである。コロナ禍をベースにして考えると、かねてから述べてきたように、医療崩壊防止対策>感染防止対策>困窮者(弱者)救済対策>景気対策という優先順位で政策を考えるべきものである。いまのところ感染が落ち着いている状況なので、医療崩壊や感染拡大は気にしなくてもよい、というのであれば、弱者救済、景気浮揚などの効果を考えながら政策を立案することになる。さて、子供一人当たり10万円の現金給付は何の対策なのだろうか。子どもがいる世帯は生活に困っているだろうという発想があるのかもしれない。世帯主年収を960万円で線引きしたことと併せて考えると、困窮者を支援する意図が少しは感じられるからである。しかし、現状でもっとも困窮しているのは、派遣切りや雇止めにあった非正規の労働者であり、子供がいるかいないかとはまったく関係のないものである。それでは景気浮揚効果が多少は期待できるだろうか。大半が貯蓄にまわる可能性があるため、これを阻止するために半額の5万円分は子育てグッズ向けのクーポンで配布するという案になっている。天下の奇策と言わざるを得ない。そもそも世帯主所得が960万円以下の世帯に5万円の振込だけでも大変な行政コストなので、さらにクーポン券を印刷して各世帯に郵送するなどしたら大変な手間とコストがかかることが予想される。それでもある程度景気がよくなればと思いたくもなるが、数千億円程度の子育てグッズの消費増で波及する乗数効果は極めて小さいと予想される。それではこれは少子化対策なのであろうか。少子化対策はこれから子供を産もうとする若いカップルに向けた刺激でなければならないが、残念ながら現在子供がいるところに一回限り現金を配っても何の効果も持たない。総合的に考えて何のために2兆円近いお金を使うのかまったく説明がつかない。ただ総額40兆円規模の対策費なので、わずか5パーセント程度だから何に使っても大したことはないではないか、という意見も出てきそうだが、そもそも財政難と言われていた日本国政府がコロナ以降金銭感覚がマヒしてきたとしか言いようがない。2兆円あればできることはかなりたくさんある。

 ■ 何をすればよいか 

  現金のばらまきを見ていると、「米百俵」の逸話を思い出すのは私だけであろうか。周知の話ではあるが、概要は北越戦争のあと米百俵が困窮する長岡藩に送られたが、藩の参事であった小林虎三郎はこれを領民に配らずにすべて売却し、その資金で学校を建てたという話である。将来につながる生きたお金の使い方をわれわれに思い出させてくれる話である。
  現金を一回限り配布してもまったく将来にはつながらない。いまやるべきことは、将来を見据えた仕組みづくり、インフラ整備、制度改革、教育改革などであり、そこに必要な資金を投下すべきである。とくにいつでも感染症モードに切り替えられるような医療体制の整備は、いまやらなくていつやるのか、という感じがする。
  百歩譲って困窮者支援が必要だとしても、やるべきことは現金のバラマキではない。効果が大きいと思われるのは、困窮する非正規雇用者のために、控除限度(いわゆる103万円のかべ)や最低課税基準、最低賃金などの引き上げである。これまで生産性の低い日本企業を支えるために増加の一途をたどってきた非正規雇用者と、それによって生み出された強烈な格差社会の是正に向けたビジョンと制度改革に本気度をみせることが、最大の景気対策でありまた少子化対策でもあると思う。

一歩踏み出せば必ず前に進む!