北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

オミクロン株への対応を考える

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11月29日、岸田首相はすべての外国人の日本への入国を30日午前零時以降停止すると発表した。これまでの総理には見られないような迅速で果敢な決断であるが、どのように評価すればよいだろうか。今回はオミクロン株をめぐる対応について掘り下げてみたい。

 ■ オミクロン株登場 

 

 2021年11月になるころ、南部アフリカ地域で生じている感染拡大に関して、南アフリカで新しい変異株の可能性を示唆する研究が公表された。この変異株に関してWHOは当初は慎重な見方を示していたが、11月24日にVUM(監視が必要な変異株)に指定し警戒の意志を示し始めた。しかしすぐにワクチンが効かない可能性が指摘され始めたため、2日後の26日には警戒レベルを上げてVOC(懸念される変異株)に指定した。

 ところでこの変異株は「オミクロン(ο)」と名付けられたが、世界中で「あれ?」という反応が出てきた。ご存知の方も多いと思うが初めて聞く人のために詳細を書いておくと、これまで変異株はギリシャ文字を順番に付番されており「ミュー(μ)」まで欠番はなかった。しかし今回「ニュー(ν)」と「クサイ(クシー)(ξ)」が飛ばされているからである。WHOの説明によると「ニュー(ν)」は英語のnewと紛らわしく、「クサイ(クシー)(ξ)」は英語表記すると「Xi」であるが、これは人命だから不適だということである。では「Xi」は誰の名前なのか。中国国家主席習近平(Xi-Jinping)」その人である。ただでさえ中国と事を構えたくないWHOは当然回避(忖度)したいところだろう。かくしてギリシャ文字を2つ飛ばしてオミクロンと命名されることになったわけである。

 ■ オミクロン株の危険度 

 新しい変異株登場のニュースはたちまちのうちに世界を駆け巡り、各国で変異の研究が始められることになった。もっとも大きな関心事はワクチンの効果がどうなるのかである。残念ながらオミクロン株の変異の特性から考えて、ワクチンの効果を相当弱める可能性が高いということが示唆され始めている。また、スパイクの変異から感染力はデルタ株より強力である可能性があるとの推定も行われている。しかし、ワクチンの効果が弱められ高い感染力を持っていたとしても、ほとんど重症化しないような弱毒性のウイルスであれば何も気にすることはない。この点に関する研究は容易ではない。実際のところは感染者がある程度広がってデータが蓄積されないと明確な結論を得ることができない。ある程度感染者の確認がある南アフリカにおいては、軽症患者がほとんどで恐怖を感じるべきではないという見解がだされているが、世界から隔離されようとしている南アフリカの発言にバイアスが発生しやすいことは明らかなので、第三国のさらなる研究結果を待つべきであろう。

 ■ オミクロンへの対応 

「羹(あつもの)に凝りて膾(なます)を吹く」ということわざがあるが、今回の場合「膾かもしれないがまず吹け」というのが正解ではないだろうか。そもそも膾(冷たい料理)かどうかわからないときは慎重に吹いてみるのが、危機管理上は正道である。膾を吹いても失うもの(コスト)は何もない。せいぜい人に笑われるかもしれない程度である。しかし万一それが熱いものだったら、急いで口に入れれば火傷をする。したがって口に入れても大丈夫かどうかは慎重に確認するのが危機管理上は正解である。

 今回の場合、オミクロン株は恐れるに足りないものかもしれないが、よくわからない間は慎重な対応をとるべきであろう。イスラエルを皮切りに多くの国が外国人の入国を規制し始めているが、意外なことに日本でも今回かなり早いタイミングで新規外国人の入国を停止する対応が打ち出された。おそらく11月28日にナミビアからの入国者に陽性患者が発見されたことが政府を動かしたものと推測される。万一当該陽性者がオミクロン株感染者だった場合、菅政権と同様に「後手後手」という批判を受けることが容易に想像できるからである。

 ■ 対応策のポイント 

 先ほどの膾を吹く例と違って、外国人入国停止は失うもの(コスト)がそれなりに存在している。ビジネス目的の入国、技能実習生、日本の大学への留学などをすべて止めてしまうと、それなりに国内に混乱とダメージが発生する。要は現政権にこのダメージおよびそこから発生する批判を受け止める用意(覚悟)があるかどうかである。まずは全国民に向かって「考え方」を丁寧に説明する必要があると思う。実際、オミクロン株が強力な毒性があり、日本国内で感染拡大した場合のダメージは鎖国の比ではないはずである。丁寧な説明を期待したい。

 もう一つのポイントは、入国規制・水際対策の実効性である。今回の措置でも、停止されるのは新規の外国人入国だけで、日本人の帰国や長期滞在ビザを持つ外国人の再入国は認められるようでなので、ポイントになるのはこれらの人たちの検疫・隔離である。もともと日本の検疫は非常に甘いことが知られているが、今回急に厳しくできるかどうかが問われている。アルファ株やデルタ株の入国を簡単に許してしまった体制がすぐに変わるとは思えないが、これもかなりの覚悟をもってチャレンジしてほしいものである。オミクロン株が弱毒性でたいしたことはない(ナマス)とわかったら、緩めればよいのだから。

未来を創造するためにまずは生き残りましょう。