大切なのは長期戦の構え -「緊急事態宣言」で終わりではない
緊急事態宣言(期間4月8日~5月6日)が出たことにより、多くの人が一か月我慢すればGW明けくらいからは日常に戻れるという錯覚を抱いたように感じられる。しかし、冷静に考えれば、それ以前に政府が言っていた「長期戦になる」「ピークをできるだけ後ろにずらす」という状況はいささかも変わっていない。
■ 緊急事態宣言の効果
緊急事態宣言で何がどう変わるのか整理しておきたい。もともと強制力の弱い日本の緊急事態宣言の効果は限定的であるといわれていた。しかしその中でも重要な効果として期待されるものは、
・国民全体の緊張感を高め「臨戦モード」にすること。
・これにより、自粛ムードが高まり人の移動・接触を抑制することができること。
・通常であれば大きな抵抗をうける個人情報取得(濃厚接触者や感染経路確定のために個人のスマホの位置情報取得や隔離している感染者の健康情報などをオンラインで取得するなど)についてのハードルを下げることができること。
・国民の財産権を制約できることにより、医療体制(臨時病床、隔離用宿泊施設、ドライブスルー検査用地)の確保のスピードが上がること。
■ 「長期戦」という感覚を思い出せ
それでは、もともと政府が新型コロナとの戦いは「長期戦」「ピークを後ろにずらす」と言っていたこととの関係はどうとらえればよいだろうか? まず、下の概念図をご覧いただきたい。
3月下旬以降の自粛要請ですでに人の動きを20パーセント程度削減できていることが確認(ヤフー、ドコモ等のスマホ端末位置情報から)できているとのことである。そのまま(20パーセント減)でずっといくと、概念図の上のグラフのようになる。一部の専門家の数理感染モデルによるシミュレーションによると、5月末ごろで感染者数は累積で8万人程度になり、現在の死亡率が続けば2000人近い人が亡くなると予測されている。ここに来て政府は、緊急事態宣言を背景に、「人の移動・接触を70~80パーセント削減すれば2週間後にはピークが見えてくる」という見解を示し、自粛要請のトーンを強めてきた。これが実現すれば、理論上は(実効再生産率=一人の感染者が実際に何人の人に移しているか;が1をかなり下回り)下の青色のグラフのような推移になる。2週間でのピークアウトはかなり難しいと思われるが、少なくとも1か月後にはある程度ピークが明らかとなり、5月末~6月初旬にはかなり落ち着いた状態になると考えられる。しかし、これを達成するには次の2つの大きな前提がある。
・確実に人の行動(移動・接触)を80パーセント減らせること
・ピークを見極めるために、市中感染の実態が確実に把握できること
二階自民党幹事長の言にあるように、「できるわけがない」というのが大方の識者の実感ではないだろうか。(与党の中枢にある人の発言が緊急事態宣言の効果を削減してしまうのはどうかと思うが。) たしかにかなりの程度夜の街の人出を削減するには効果があったが、企業のテレワークの進捗率(10パーセント程度と推測)や商店街等の状況をみてみると、全体で50パーセント程度がやっとなのではないかと予想される。80パーセント削減はイタリアやフランスのような厳重な外出制限を行ってやっと達成できる数字である。50パーセント減あたりが、経済を回せるぎりぎりの数字であるようだ。したがって、現実は上のグラフと下のグラフの間のどこかをたどると予想される。そうなると、夏に向かっていくにつれて、高温多湿、高紫外線量等によってウイルスの活動が弱るかもしれないという楽観的な予想を加えたとしても、6月にピークアウトするかどうかは予断を許さない。
重要なのはもう一つの方の前提である。そもそも検査数が少なすぎるために市中感染の実態を把握することができていない。したがってピークアウトしたかどうかを確認することもできない。検査数を少しずつ絞れば見かけの感染者数が減少傾向にあることを演出することはできるが、もはやそれでは世界も国民も納得することはないだろう。院内感染による医療崩壊を防ぐためのドライブスルー方式による検査の急増が必要であるが、そうすると見かけ上感染者が異常なスピードで増大(オーバーシュート)したように見える。このことが引き起こす問題は2つある。一つは国民的なパニックであり、もう一つは感染病床の不足である。前者は政府や専門家会議が検査数の増加の結果であることをはっきりと説明することが大切であり、後者への対応は、臨時病床や宿泊施設転用によって対応するしかない。場合によっては五輪選手村を使用することもあり得るだろうし、臨時施設の維持運営のために、失業者や一時的にレイオフされた人々を臨時で一定期間雇用することも考えられるであろう。もし見かけ上急激に感染者数が上昇することを怖がって検査を圧縮したままにしておくと、先の見えない泥沼の戦いが続くことになる。見かけ上感染者数が少なくなったと言っても誰も信用しないからである。つまり、事態が1か月程度で終息するはずはなく、最低でも数か月のスパンで新型コロナウイルスと対峙する覚悟が必要である。
しかも(誰もが聞きたくない話であるが)仮に7、8月にいったん収束したとしても、それで多くの人々が活発に接触し活動するようになれば、ふたたび秋ごろから感染者の激増が始まることになりかねない。結局ウイルスとの戦いはワクチンや特効薬ができるまで続くことになる。であれば肩に力を入れすぎて息切れするのではなく、移動・接触50パーセント削減でもよいので、ウイルスとの戦いを1年以上続けられるような体制づくり(テレワークシステム整備、オンライン授業システム整備、無人工場化、雇用確保と休業補償、デリバリーサービス体制整備などなど)を腰を据えて行うことも重要なのではないかと思う。(この点は改めて別の記事で述べるつもりである。)
■ 長期戦の観点から政策を採点・評価してみる
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緊急事態宣言 60点
・宣言により私権(財産権)の制約が可能になり、医療崩壊防止策がとりやすくなった。
・二階幹事長発言などにより、国民を「臨戦モード」にするには迫力が不十分
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弱者救済 40点
・30万円給付はあるが、長期戦を想定すると正しい策とは考えにくい。(国民感情からは一時金をよこせ、と言いたくなるのは理解できるが。)
・休業補償の概念なしには、「食べるために店を開ける」人を止められない。(莫大な資金を要するが、将来の世代へのツケとして赤字国債で賄うことで構わないと考える。)
・中小企業融資制度、公共料金免除、免税等は長期戦の観点からも一応評価できる。
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医療崩壊防止策 50点
・少しずつ出てきてはいるが、もっと具体的でもっとスピードが必要である。人工呼吸器、ECMOの増産などの兆候は見られるが、全くスピードが足りない。
・「新型コロナ患者を診療したら診療報酬を増額」は医療崩壊防止に役立つか疑問
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検査の拡張 30点
・一日2万件の検査体制と言明されているが実現するための具体策が厚労省等からまったく示されていない。予算措置、検査キットの開発・認可、検査人員の動員などが必要である。(軽症者宿泊施設等の病床体制整備を待っているのかもしれない。)
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景気浮揚のための経済政策 ×
・現在議論する必要がない。株価を押し上げるためとしか思えない。
(需要、供給の両方のサイドから景気が締め付けられており、金融緩和程度ではまったく役に立たない。新型コロナが終息すれば自然に大ブームになることが予想されるので、いま旅行券や和牛券の議論している余裕はないと思う。)
■ いまやるべき対策
4月4日の記事でも書いたが、緊急事態宣言が出ても内容はそれとほとんど同じになる。徹底的に戦略目標の優先順位(医療崩壊防止>感染拡大防止>弱者救済>景気浮揚)を意識してスピードのある政策を打っていくべきである。
- 世界が強調して行うこと
・新型コロナウイルスに関する情報を隠ぺいすることなく公開・共有し、特効薬、ワクチンの開発に全力をあげること。
- 政府(国家)が行うこと
・国民全体を「見えない敵との戦争」に対する臨戦モードにするために、真剣に訴え続けること。(「家にいてくれ」と強く言い続けること。)
・医療機器、医療用品の生産体制を刺激する補助金その他のあらゆる方策を実施すること。
・検査の量とスピードを上げるための検査キットの検証・認可
・休業補償等の人の動きを止めることの代償を用意すること。(人類の未来をまもるための支出であり、将来の世代に転嫁する赤字国債で調達することでよいと考える。)
・テレワークを推進するための補助金その他の政策の実施
- 地方自治体が行うこと
・緊急事態宣言を背景に、無症状・軽症の感染者を収容するための宿泊施設等の確保
・緊急事態宣言を背景に、ドライブスルー検査を行うための駐車場等の確保
・上記の現場の人手不足を解消するための一時的雇用増
・【盲点】集中豪雨、台風に備えて、3密を避ける避難所のあり方の検討
- 個人が行うこと
・とにかく外出せずに家にいること
・(検査が受けやすくなっている前提で)体調に異変を感じたら躊躇なく検査を受けること。
(自分自身が殺人兵器になっているかもしれないことを意識すること。)
・どうしても外出する場合には、徹底して社会的距離を意識すること
・外出した場合はマスクの着用、手洗い、うがいを徹底すること
力を合わせて、「見えない敵との戦争」に勝ち切りましょう。