北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

「見えない敵との戦争」に勝つための戦略提言

 

新型コロナウイルスとの戦いはよく「見えない敵との戦争」と表現されることがあるが、戦(いくさ)であるならば勝つための戦略が必要なはずである。しかし現在の日本では、思いついた対策がさみだれ式に打ち出されるだけで、勝つための戦略が示されているようには見えない。

 ここでは戦略的な思考にしたがって対策を整理してみたい。。3週間ほど前に私はフェイスブックに以下のような投稿をした。

政府の対応や方針があいまいで、毎日いらいら、もやもやがつのっています。いま、政府や国会がやるべきことは、感染者の実態把握と医療体制の確保を両立させる方策を立法すべきだと思います。
 例えばこんな感じです。
[提案]
・密集して人が集まる施設はすべて閉鎖。+休業補償。
・陽性で無症状、軽症の人は自宅待機。外出禁止。違反したら100万円以下の罰金。ただし、持病のある人、70歳以上の人は即入院。重傷者は入院。
これを決めて検査体制を可能な限り拡充して、感染のスピードが鈍っているのかどうかを見極めることができるようにする。これで果たして医療体制がもつかどうかですね。医療体制確保の対策なしにやみくもに検査だけ増やすのは絶対NGです。 

最近京都大学の山中先生が同じような趣旨の提言をされていたので、意を強くして戦略的な提言をまとめてみることにした。

山中伸弥の提言

https://www.covid19-yamanaka.com/sp/cont6/main.html

  ■ まず戦略目標を明確に

  戦略をつくるためには目標を設定することが必要である。現状においてどのような目標を立てればよいだろうか。日本が直面している現在の状況を考えれば、戦略目標として次の3つが挙げられると思う。

注意しておくべきはこれらの3つの間には優先順位があることである。 結論からいうと、このままの順番である。
医療崩壊防止>感染拡大防止>経済破綻防止
感染拡大を防止しても医療が崩壊していれば救える命も救えなくなり、またコロナ以外の病気の人の命も守れなくなるからである。経済破綻を防ぐことは重要であるが、ビルゲイツの言葉「経済を再生させることは人を生き返らせるより易しい」を引用するまでもなく、人間が生きてさえいれば、時間はかかっても経済は必ず再生する。そもそも、命が危険にさらされているような状況でまともな経済活動など行えるはずもない。いまは命を守ることを最優先にして戦略を考えるべきである。よく「コロナに勝っても経済が破たんしたら元も子もない」という主張があるが、これは「国民のほとんどが感染しても大したことにはならない」、「インフルエンザに毛が生えたようなもの、そもそも普段から肺炎で年間10万人くらい死んでいるわけだから」というような考え方を背景にしていると思われる。しかしこのウイルスは「未知」のウイルスであることを忘れてはならない。一度感染すれば完全な免疫を獲得できるのか、強力なウイルスに変異することはないのか、など不確実なことが多い。命を守ることに軸足を置くことが危機管理的には正しいと考える。

  ■ 医療崩壊を防ぐには

  すでに多方面からさまざまな対策が提案されているが、対策にはいくつかの類型があるようなので、ここでは医療崩壊のパターンに沿って整理しておきたい。

タイプ1の医療崩壊

  医療崩壊が起きる第一のパターンは、感染者の拡大に比して設備が追い付かないことによって発生する。最も分かりやすいのは病床(ベッド)数であろう。新型コロナは指定感染症であるため、指定感染病床に入院させることが義務付けられている。わが国の指定感染病床数は極めて少なく、地方では数十、東京でさえも(増加させてはいるが)数百しか存在しない。そのままでいると入院できない重症患者が自宅待機の状態になり、救える命が救えなくなる。これを防ぐ方策は広い意味でのトリアージであろう。すでにいろいろな方策が打ち出されているので、ここで細かく説明するまでもないが、無症状者、軽症者はホテル等の宿泊施設で待機、重症者のみ指定感染病床に入院というやり方が合理的である。無症状の人を自宅待機とすることも考えられるが、これは家族への感染、行動制限の困難さなどを考えると推奨できない方法だと思う。病床附則の他に、急速な感染拡大により人工呼吸器の不足、人工肺(ECMO)の不足、医師・看護師の不足などにより多くの命が危険にさらされることが考えられる。具体的な対策としては、大至急医療機器、医療用品の増産のための助成金や体制整備を行うことである。また医師・看護師不足に対しては、OBOGの活用、医師看護師資格がなくてもできる雑用(継承者施設での食事の世話、清掃、ベッドメイク等)などを担うアルバイト等の確保などを行う必要がある。(スウェーデンでは余っている航空会社のCAを医療現場の仕事に割り当てている。) これらの方策を大至急(医療崩壊はスピードとの戦い)行うためには行政権力の行使が必要であり、「緊急事態宣言」なしにスピードを上げることは難しいと考える。

タイプ2の医療崩壊

  もう一つの医療崩壊の態様は、院内感染によるものである。熱があったり咳が出たりする患者が通常かかりつけの病院を訪れることにより、医師、看護師、周りの患者にクラスター感染を引き起こし、病院そのものを機能停止させてしまうことで発生する。これは極めて深刻な医療崩壊につながる可能性があり、何としてでも防がなければならない。オンライン診療は一つの方策である。また後述するように、検査数を大幅に増やし感染者を確定していく作業も同時にハイスピードで行う必要がある。陽性患者が大量に出てタイプ1の医療崩壊を起こすようなことがないように、タイプ1医療崩壊防止対策を万全に行うことが検査拡大の前提条件になる。また、検査数を大幅に増やす場合、病院で行うと院内感染のリスクが増大するため、自覚症状がある人を病院に来させないことが必要である。これを可能にするためには、検査を病院以外(例えば駐車場などに簡易検査テントを設ける)で行うようなドライブスルー方式(車に乗ったまま検査が受けられる)などが有効だと思う。 

  ■ 感染拡大を防ぐには

  「感染しても無症状の人が半数いる」「無症状でも感染力がある」、これら2つを事実として前提にすれば、方法は2つしかない。一つは陽性である人間を完全に確定させて隔離することであり、もう一つは人の動きを止めることである。しかし1億2千万人の検査を瞬時に行うことは不可能であり、また同じく1億2千万人の動きを完全に止めることも不可能である。したがって具体的な方策はこの中間で探っていくことになろう。上述したようにタイプ1の医療崩壊を防ぐ方策を徹底した後で、ドライブスルー方式で迅速な検査キット(開発・認可を急ぐべき)を用いた検査の増加を図り、他方において可能な限り人の動きを止めるということになるとにかく大切なのは無症状・無自覚な感染者を歩き回らせないことである。わが国の緊急事態宣言には罰則付きの外出禁止のような強制力がない(いまから立法すれば別だ)が、飲食店や娯楽・イベント施設などに休業補償(前年同月の6割~8割)を行うことで、かなり外出を抑制できるのではないかと考える。外出を直接抑え込むことはできなくても、「生きるためにお店を開けなければならない人」を減らすことで全体のヒトの流れをある程度抑制できると思う。同時にテレワークシステムやオンライン授業システム構築のための補助金等も現状ではヒトの動きを止めるためにある程度有効であると思う。

  ■ 経済破綻を防ぐために

  経済政策の中で最も優先度の高いものは弱者救済政策である。感染拡大の防止に成功しても自殺者が多く出ている状況では、政策が成功したとは言えない。ベーシックインカム的な現金給付は一つの方法ではあるが、新型コロナウイルスとの戦いがある程度長期戦になることを想定するのであれば、雇用の確保が最も重要な政策になるだろう。休業補償を手厚く行うことが感染拡大防止の観点から重要であることを上で述べたが、休業補償は雇用の確保の観点からも大切である。現在進行している特別な融資制度ももちろん有効なものである。しかし、それでも失業者は増大することが予想される。一時的に増大する失業者を、政府や自治体が半年~1年特別に雇用し、医療現場やドライブスルー現場の整理、運搬などの人手不足解消を図ることも考えられる。株価の暴落や潤沢な内部留保のある大企業の減益などは、経済再生のためには対策が必要であるが、すくなくとも人の命が危険にさらされる状況が過ぎ去った後に考えればよいのではないかと思う。いまそこにエネルギーを使うべきではない。

  ■ まとめ

  主体別に目標を達成するために行うべきことをまとめると以下のようになる。

●世界が協調して行うこと

新型コロナウイルスに関する情報を隠ぺいすることなく公開・共有し、特効薬、ワクチンの開発に全力をあげること。

●政府(国家)が行うこと

・「緊急事態宣言」を出し、国民全体を「見えない敵との戦争」に対する臨戦モードにすること。

・医療機器、医療用品の生産体制を刺激する補助金その他のあらゆる方策を実施すること。

・検査の量とスピードを上げるための検査キットの検証・認可

・休業補償等の人の動きを止めることの代償を用意すること。(人類の未来をまもるための支出であり、将来の世代に転嫁する赤字国債で調達することでよいと考える。)

・テレワークを推進するための補助金その他の政策の実施

地方自治体が行うこと

・緊急事態宣言を背景に、無症状・軽症の感染者を収容するための宿泊施設等の確保

・緊急事態宣言を背景に、ドライブスルー検査を行うための駐車場等の確保

・上記の現場の人手不足を解消するための一時的雇用増

・【盲点】集中豪雨、台風に備えて、3密を避ける避難所のあり方の検討

●個人が行うこと

・とにかく外出せずに家にいること

・(検査が受けやすくなっている前提で)体調に異変を感じたら躊躇なく検査を受けること。

 (自分自身が殺人兵器になっているかもしれないことを意識すること。)

・どうしても外出する場合には、徹底して社会的距離(3密回避)を意識すること

・外出した場合はマスクの着用、手洗い、うがいを徹底すること

全員で力を合わせて、「見えない敵との戦争」に勝ち切りましょう。