北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

戦略なき政策~「見えない敵との戦争」を放棄した政府

私は4か月前の4月4日のブログで、「見えない敵との戦争」に対する戦略=政策優先順位として、「医療崩壊防止>感染拡大防止>弱者救済>景気浮揚」と述べたが、状況が変わっていないにもかかわらず、現在の政策は全く真逆に変化してしまった。「危機管理」という視点を失ってしまった政府、「われわれは何を守るべきなのか」、優先順位を今ひとたび整理しておきたい。

 

 ■ 医療崩壊防止~状況は4月と同じでないというが

 政府(西村大臣、菅長官)の会見でよく「状況は4月とは違う」という言葉が出てくる。これは死亡者数、重症者数の少なさ、病床の占有率の余裕度などをベースにして語っているものである。確かに感染者の急増に比して死者、重傷者ともに急増してはいない。病床も確保が進んでいる。しかし数字の断面ではなくプロセスに注目すると、状況が変わったと簡単には言えない。

 第一に検査数である。現在の検査数は3月末の約10倍である。もし3月末に現在と同じだけの検査を行っていれば、仮に陽性率が同じなら、観測値の10倍の感染者数を確認したはずである。したがって、3月末~4月上旬と比較するのであれば、感染者数が東京都で1500人、全国で4000人になったころに比較するべきである。

 第二に、よく言われていることであるが、感染者の年齢分布が全く異なることである。20代、30代の割合が高いのであれば全体の死亡率が低くても全く不思議はない。言い換えれば年齢別に本当に死亡率や重症化率が減少しているのかどうかを確認するべきである。

 第三に、病床数に余裕があると言うが、医療崩壊するかどうかのボトルネックベッドの数が問題なのではない。確かにいくぶん病床や医療用品の整備は行われたかもしれないが、ほとんどの地域において医師や看護師の数が増加しているわけではない。医師や看護師の数は短期的に急増させることができない。「医師・看護師の現数×24時間」が働けるマックスである。すなわち医療供給体制のボトルネックは物的なものではなくマンパワーなのである。ましてや今のような医療関係者、その家族などに対するいわれなき差別・偏見、過酷な現場、ボーナス等の報酬の減額などに見舞われて現場を離れる医師や看護師が続出するようなことになれば、医療崩壊を防ぐ手立てがなくなってしまいかねない。

 政策の優先順位の第一は、これを食い止めることである。旅行の割引に回す資金があったら、それを医療現場に投下すべきである。新型コロナ対策にあたる医師や看護師の手当てが2倍になるように補助金を出すべきである。また、医師や看護師資格がなくても行うことができる補助的な業務を行うための雇用を確保するための資金を政府は拠出すべきである。事態は一刻を争うと考える。いま病院が荒廃するのを傍観することは亡国の不作為である。政府には何としても頑張ってほしい。

 ■ 後遺症の研究の現状~新型コロナは怖くなくなったのか

 新型コロナの死亡率が低下し、新型コロナはもはやただの風邪だとする言い方も散見されるようになってきた。このような見解は後遺症の問題をまったく考慮していない。新型コロナウイルスの後遺症の研究は世界的に行われ始めているが、まだ入り口の段階で本格的な研究はこれからというところである。わが国においても日本呼吸器学会、厚生労働省8月からやっと調査に乗り出そうとしている段階である。読者の参考のために少しまとめてみた。

●後遺症として挙げられている主な症状は、倦怠感、呼吸困難、関節痛、胸痛、ドライマウス、ドライアイ、頭痛、嗅覚味覚障害、鼻炎、目の充血、咳、などである。朝日新聞デジタルの以下のサイトを参照。
https://www.asahi.com/articles/ASN7K41JSN7FULBJ005.html

治っても後遺症? 新型コロナの恐ろしさ、新たな闘い [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

●医学学術誌に掲載されたイタリアの研究 軽症者であっても9割の患者が何らかの症状が残る。以下の記事を参照。
https://news.yahoo.co.jp/articles/33736d84f7998996aa682b8c9a9b88e473973cee

明らかになってきた「コロナ後遺症」の実態(日経グッデイ) - Yahoo!ニュース

●以下のNHK特設サイトに2か月以上も社会復帰できない事例紹介がある。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/detail/

特設サイト 新型コロナウイルスの特徴|各研究機関の最新研究 WHOや厚生労働省の調査報告|NHK

 

若者は新型コロナに感染しても重症化しないから大丈夫という感覚が一般的になりつつあるが、後遺症の研究のながれを見る限り、「感染しても大丈夫」とはとても言えない状況だと思う。肺、腎臓、血管、精巣などの損傷による後遺症の可能性だけでなく、ウイルスの「潜伏性」についても解明されているわけではない。無症状や軽症だから大丈夫などと言うことは極めて無責任な論法であろう。

 「経済を回すために若者は感染を恐れずに歩き回ってもよい」とする考え方は現状においては一種のギャンブルであり、危機管理の視点からは博打は許されない。もし外れたら取り返しがつかないことになるからである。したがってとり得る政策としては、徹底した感染拡大防止(検査数を増やして陽性者を徹底的に隔離+人の接触機会の減少(テレワーク、オンライン授業、ネット通販等の推進))のための対策を行うことしかない。学校について言うと、「勉強が遅れてもいいのか」「楽しいキャンパスライフが送れなくていいのか」という議論をよく耳にするが、将来ある子供たちこそコロナの後遺症から絶対に守らなければならないものである。どんなことをしても、感染拡大と学習確保の両立に向けて手を尽くすべきである。「学習確保のためなら多少感染してもやむを得ない」という考え方は、現段階では決して許されない。

 ■ 弱者保護~経済は回らなくてよいのか

 感染拡大防止を徹底すると、「経済は回らなくてよいのか」という批判を浴びる。もともと「見えない敵との戦争」と称されるような非常事態なわけだから、経済が通常通り回るはずはない旅行や宴会などは世の中が平和な時に行われるものであって戦時下に行われるはずはない。しかし、そうなると旅行業者や飲食業者は経済的弱者ということになる。ビジネス環境の変化によって産業に浮沈が起きるのは当然であり補償金などは必要ないとする考え方も当然あり得る。しかし緊急事態であるためある程度の施策は必要である。以下で一例をあげてみる。

おみやげ物屋は徹底したネット通販に活路を求めるべきであり、これを推進するための補助金を出す。

ホテルや旅館は、企業と契約してテレワーク用スペースを提供する、または陽性者療養施設として国や自治体に借りてもらう。

★外食産業や風俗、イベント施設などは? 景気変動とともに浮沈を繰り返す産業であり、原則として税金を投下して救済するのは筋違いであるが、緊急事態であるため家賃補助や特別融資などで1,2年乗り切ってもらうことが基本であろう。休業補償金はやはり筋違いではないだろうか。キャバクラやホストクラブを税金で守らなければならないというような公益性を有するとはどうしても思えない。

 それにしても国会は何をしているのだろうか、官僚は何をしているのだろうか、もしも多くの国民が将来新型コロナ後遺症に苦しむ事態になったら、あなた方は国民に向かってなんと詫びるつもりか。

未来を創るためにまずは生き残りましょう。