北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

2023年を展望する(1)~政治、経済、社会展望

あけましておめでとうございます。新年を迎えるに際して今年の日本を展望してみたいと思います。とにかくものすごいスピードで変化している社会なので、「何が起きるか分からない」「何が起きてもおかしくない」状況が続いています。なるべく可能性の高い予想や注目しておくべきポイントなどを重点的にお話したいと思いますが、所詮は起きていない事の予測なので、占いやおみくじの感覚でよんでいただければと思います。

■ 注目ポイント 

 今年の注目ポイントとして2つの国際情勢を挙げておきたい。第一のポイントは衆目の一致するところであろうが、政治的側面でも経済的側面でもあるいは社会生活的側面でも、2023年という年がどういう年になるかはウクライナ戦争がどうなるかにかかっているだろう。戦闘が泥沼化しているので戦争の終わらせ方がわからなくなっている状況である。これだけ長く戦ってきているために、ウクライナ東部2州の独立を承認する代わりにロシアがウクライナから兵を引き上げるというような妥協的講和は成立し得ないだろう。おそらくウクライナクリミア半島も含めてロシアを完全にウクライナ領から追い出すまで戦闘をやめないであろう。したがってこの戦争の終結プーチンの失脚(あるいは暗殺)によってロシアの体制が内部から瓦解するか、またはロシアが核兵器を使用してしまい完全に世界から切り離されるかのどちらかしかないように思われる。今年中に終結するかどうかはわからないが、前者になることを願うしかない。
    もう一つ日本の今年を考える際に注目すべき国際情勢は中国の動向であろう。極端なゼロコロナ政策の継続とその突然の放棄による混迷は、今年の中国経済をかなり低迷させることにつながる可能性が高い。ゼロコロナ政策の放棄は中国経済にブームをもたらすと思われたが、一瞬にして異常な感染爆発と死亡者増に見舞われたことにより、政策圧力ではなく自主的行動制限や他国からの出入国制限などにあい、経済が浮揚できない可能性が高まっている。もちろんコロナの動向は不確実なものではあるが一年以内に収束する可能性は小さいのではないかと思う。中国に関してはそれよりも重要な問題として、ゼロコロナ政策の放棄がデモなどのある種の民衆の圧力をきっかにして行われたことである。政権が民衆に屈することは中国では極めて珍しいことであり、このことは半永久政権をめざす習近平の求心力に大きなダメージを与えた。中国の反ゼロコロナデモやネット上の政策批判などを見ていると、中国でも確実にZ世代が力をつけてきているという感じを受ける。最も注目しておくべきことはこのような求心力の低下に対抗して政権側がどのような動きをするかである。一般に独裁政権は求心力が低下した場合に頼るものは軍事力(軍隊に対する指揮権)である。軍事的な力を誇示することによって求心力を維持しようとする行動は、基本的には最も弱いところに向かう。国内少数民族はもとより対外的には反撃される可能性の小さいところに向かうのが通例である。平たく言うと、台湾に直接的な行動を起こすよりも、南シナ海東シナ海において何らかの威嚇や牽制を行う可能性の方が高いと考えるべきである。台湾に対しても何らかの圧力を強める可能性ももちろん皆無ではない。いずれにしても今年はこれまでより極東の(北朝鮮の核実験も含めて)緊張状態が高まると考えておくべきだと思う。 

■ 政治・政局展望 

 以上のポイントを踏まえながら日本を展望してみよう。まず日本の政治状況について見てみよう。とは言っても先に結論を言うと期待できることはほとんどない。政治日程を考えると4月の統一地方選挙と5月の広島サミットが大きなイベントであろう。このほかにはいくつかの衆参の補選が予定されている。新しい政策を打ち出すたびに増税と言い出す有り様なので、内閣支持率の凋落が続くことは避けられず、選挙のたびに自民党議席を減らす可能性が高いだろう。このため、かなり早い時期に首相の交代が取り沙汰される事態になることが予想される。もっとも代わりになる野党の力も弱いため自民党がどの程度負けるかは不透明ではある。岸田首相としては、首相交代論に対抗するために衆議院の解散に打って出る可能性がわずかながら存在する。時期としては早ければ広島サミット直後で争点は「少子化対策」になるだろう。もう一つの争点として考えられるのは「防衛増税」であるが、これは国論を二分する大論争になる可能性があり、いずれ採り上げなければならないとしても、今回の解散で正面から取り上げるにはかなり勇気のいることだと思う。もし早期に首相交代と言うことになるのであれば、自民党の体質から考えれば、最有力候補は菅義偉だろう。ほかに有力候補がいないからである。
 だれが首相になるかよりも重要なことはどんな政策が提示されるかである。国家百年の計を考えると最も重要度の高いものは少子化対策と国防政策であろうが、緊急度から言えば景気浮揚やインフレ対策などの経済政策の緊急性が高い。今年の上半期の経済はかなり悪化することが予想されるからである。 

■ 経済展望 

 次に経済状況を展望してみよう。今年の景気やインフレの状況がどうなるかは、ひとえに冒頭に述べたウクライナ情勢と中国の動向にかかっている。ウクライナ情勢が現状のままこう着状態が続けば、国際的な資源価格や食料価格の高値推移は改善されない。さらにこれに加えて中国経済の悪化や極東の軍事情勢の緊張が高まれば、日本は昨年よりも深刻なスタグフレーション(不況下のインフレ)に見舞われることになる。具体的な国内の状況に目をむけると、インフレ率は円安の影響を受けて加速しているがこの圧力は多少円高になっても簡単には改善しない。輸入品の契約価格自体が異常に上がっており、企業物価指数(卸売物価指数)は10パーセントに近い上昇を続けており、10月から加速した光熱費や輸送費の上昇分はまだ十分に小売りに反映されてはいない。したがって多少対策がとられたとしてもインフレは少なくとも今年の上半期までは継続すると考えられる。
 また掛け声だけの賃金上昇ではインフレ率には追い付かず実質賃金は大きく低下し始めている。中国の状況を考えれば、中国人観光客が大量に押し寄せるインバウンド需要も期待薄のため、消費増による景気の浮揚はほとんど期待できない。雇用を維持するために賃金の上昇がさらに抑えられることも考えられるので、景気がさらに悪化する可能性もあり得るだろう。
 このように経済全体の状況が悪化する中では、為替相場や株価などを予想することにほとんど意味はないが、それでもあえて動向を個人的に予想してみると以下のようになる。
 相場予想の大前提になるのは日本銀行の金融政策に関する予測である。昨年末に日銀は事実上長期金利の引き上げを容認する政策変更を行った。(表向きの説明では10年物国債イールドカーブにおけるいびつさを是正するために変動幅を0.5パーセントまで容認する措置であるが、金利が上限に張り付く情勢なのは明らかであり事実上の利上げ容認と受けとめることができる。) この政策変更が「異次元の金融緩和」を終了するための出口戦略の一環であるのかどうかはいまのところはっきりしていない。4月8日に黒田日銀総裁は任期切れをむかえるため遅くとも3月中旬までには後任人事が公表されるだろう。その際に政府や自民党の影響が強い人物が選ばれるか、あるいは中央銀行の独立性などに関する意識をもったいわゆる中央銀行家が選ばれるかが焦点になる。インフレ抑制が中央銀行の絶対的使命であることを考えれば、だれが総裁になってもある程度利上げに向かうことは不可避であろう。財務省寄りの総裁だと利上げのスピードは緩慢なものになり、中央銀行家の場合はサプライズの効いた利上げになると予想される。したがって日本の株価はかなり上値の重い展開になることが予想される。株価に関して言うと、中国経済の低迷や極東の軍事的緊張は値下げ要因になるので、デイトレードなどの短期は別として、今年に関しては半年以上のスパンでの投資対象としては日本株はやめておいたほうがよいというのが結論になる。
 為替レートに関しては、日米金利差が多少縮まることを考えれば昨年までの円安トレンドは終了したと考えられるが、依然として日米にかなりの金利差がある状況が続くため、一方的に円高に向かうことはなく、130円~150円のレンジで往ったり来たりする状況が当面は続くと考えておくべきではないかと思う。中期的な投資先として考えるのであれば、為替ヘッジをしたうえで海外バリュー株や金などをベースにした投資信託が推奨される状況である。一番のサプライズリスクはプーチン核兵器を使用した場合であるが、これにそなえるならば地政学的に低リスクと考えられている豪ドル資産なども有力な候補になるだろう。もっとも多額の金融資産を保有している人を除けば金融投資はほとんどの人にとってどうでもよいだろうから、むしろ経済状況がわれわれの日常的な生活に及ぼす影響に目を移すことにしよう。 

■ 社会生活展望 

 私たちの社会生活に密接に関係しているのは、新型コロナ対策の動向とインフレの程度であろう。新型コロナに関しては稿を改めて論じることにして、インフレについて一言触れておきたい。現在消費者物価上昇率は3パーセント前後で推移しているが、生活実感として食料品などの生活必需品は10パーセント程度上昇していると感じる人も多いと思う。以前にも指摘したことがあると思うが、消費者物価指数の基準となる消費財バスケットの中身の相当程度の割合を住居費が占めており、いまのところ家賃などの住居費がそれほど上昇していないために肌感覚との間にズレが生じているのである。しかしながら、これから建築・修繕費の上昇や住宅ローン金利の上昇などを背景として家賃なども値上がりを始めることが予想される。消費者物価指数は一気に跳ね上がり5~7パーセント程度の数値になる可能性がある。生活にとっては賃金がどの程度上がるかが焦点になるが、残念ながら輸送費やエネルギー価格の上昇が先行している状況では、一部の大企業を除けばほとんどの企業で賃金を上げる余裕がないのが現状であろう。それに加えて変動金利で住宅ローンを借りている人は住宅ローン金利の上昇の直撃を受ける。

 このような八方ふさがりの状況を改善するにはどのような政策が有効だろうか。これからの一年は産官学の叡智を結集して立ち向かうべきときであるが、同時に、日本の国会や内閣に「ほんとうに日本の将来を考える気があるか」という本気度が問われる一年になるのではないかと思う。

未来を創造するためにまずは自分自身を守りましょう。