北川浩の徒然考

私は2016年から成蹊大学の学長を務め、6年間の任期を無事に全うして2022年の3月に退任しました。本ブログは成蹊大学の公式な見解とはまったく無関係なものであり、あくまで社会科学を探求する一人の学者としての北川浩個人の考えを表示しています。

為替介入はしたものの~亡国の政策の末路

■為替介入の効果

 9月に1ドル145円を突破した際に第一弾の介入が行われ、一気に3~4円程度円高に振れることとなった。しかし約1か月足らずで再び145円を突破し、その勢いのまま150円をあっさり超えるような勢いで円安が加速した。それに対して10月21日の日本時間の深夜にニューヨークマーケット開始とともに大規模な円買い介入が行われ、148円前後まで円を引き戻した。さらに週明けの10月24日の朝、東京マーケット開始と同時に(おそらく)かなり大規模な円買いドル売り介入が実施され、わずか数分で5円高の145円台まで円は上昇した。しかしわずかその数分後におそらく投機筋と思われる圧力に買い戻され、148円台後半まで円安に戻された。
  為替介入のための弾丸(タマ)がどの程度であるのかはっきりしないが、アメリカの協力が得られなければどこかで必ず限界を迎えることになる。財務官は無限に介入できると豪語したようであるが、完全協調のフレームがない状態で無限に介入できるというようなことは市場関係者は誰一人信じてはいない。 したがって、今後も断続的に介入を繰り返すことは予想されるが、年末までは現状のようなのこぎりの歯のような形で為替レートは変動を繰り返しながら円安のトレンドをたどることになると考えられる。

■円安トレンドは消えない 

 そもそも現在の円安基調は日米の金利差に基づくものであり、これが解消されない限り円高トレンドに引き戻すことはできない。為替相場に関する不動の裁定式、(日米金利差)=(ドル円直先スプレッド率)という式は経済法則の中でも最も絶対的なものであり、日米金利差がある限り必ず先物レートは円安の方向を向いているはずである。経常収支や国際情勢変化のリスクプレミアムを考慮しても、金利差が大幅な状況では、ドルの先高観を解消することはできない。まして昔は「有事の円買い」と言われていたが、現状ではその面影すら存在しない。さらに資源価格の高騰は日本の貿易収支を空前の赤字化にまで悪化させている。このような諸般の情勢を総合すると、少なくとも日銀総裁が交代してこれまでの金融政策の見直しが行われない限り、円安基調は続いていくことになる。為替介入の頻度にもよるが、年末までに1ドル160円程度のレートを見ることは十分にあり得ることだと思う。

■日本政府がやろうとしていること 

 もっと大きくて長い視点で見てみると、日本政府(少なくとも財務省)のやろうとしていることが少し見えてくる。現在の日本の財政状況の中で金利を数パーセント上げると、数十兆円の利払い増が必要となる。国家財政が機動性を失うため、可能な限り(実際は次の消費税増税まで)利上げを遅らせたいと考えるのは財務官僚としては自然な発想である。つまり利上げは不可能なため、為替介入によって時間を稼ぐことしか現状では打つ手がなく、総じて円安放置、インフレ容認というのが財務省的な思考回路だと思う。

 さらにいうと円安になろうがインフレになろうが財務省的には嬉しいことはあっても困ることは何もない。 そもそも現状は紙幣を印刷して国家財政の資金調達をする(マネーファイナンス)という方法によってインフレを引き起こしているわけであるが、これは円という通貨が目減りしていくことを意味し、それに伴って国民の購買力が政府に吸い上げられていると考えることができる。マネーファイナンスによるこのようなインフレは「インフレ課税」としばしば呼ばれている。(江戸時代にしばしば通貨の改悪が行われたことを想起されたい。) それに加えて、今の日本のように政府が千兆円以上の債務を抱える状況では、インフレによる債務の実質価値の目減りも大変望ましいことと考えてもまったく不思議ではない。したがって現政権が財務省よりの態度をとる限り円安もインフレも止まることはないということになる。

■国民は何をすべきなのか 

 それではわれわれ国民はどのようにないおうすればよいのであろうか。個人のレベルでインフレから身を守る方法は3つしかない。第一は、ある程度保有資産がある人は、インフレに強い資産(金や実物資産など)に資産を移し替えることである。借金が目減りするのと裏腹で円建ての資産も目減りしていくからである。ただし株や不動産などの実物資産は、将来の利上げ予想や日本有事などのリスクを考えると、ドル建て資産に移すのが次善の策ではないかと思われる。
 第二は、特に保有資産がない場合は無駄な支出を見直すことである。マクロ経済的には消費の低迷につながり望ましくないかもしれないが、そんなことは言っていられない。現状において消費者物価は対前年同月比で3パーセント程度の上昇であるが、実感としてはそれよりかなり物価は上昇しているという体感がある。これは消費者物価指数を構成する項目(基準消費財バスケット)の中で家賃等の住居費が大きなウエイトを占めているからである。食費や光熱費などの値上がりは3パーセントなどという水準では既にない。生活を守るためには支出を見直す以外にはない。
 第三は、生活を守るために可能な限り賃上げの要求を団体交渉することである。しかし現在の日本において労働市場は分断され容易に賃上げの団体交渉ができる状況にはない。連合は来年の春闘で5パーセント程度の賃上げ要求を行うことが伝えられているが、それでは全く足りない。最大の労働組合である連合がその程度であれば、それより小さい労働組合はそれより低位にならざるを得ない。昭和49年の狂乱物価の際の30パーセント以上の賃上げを実現した力と比較すると始めからあまりに控えめな態度であると思う。

■最後に待っているものは 

 ところで円安のメリットを声高に唱える人もかなり見受けられる。概ね、円安による主出振興、海外に流出した工場の国内回帰、インバウンドによる観光客の増大、などが根拠になっているようである。長期にわたって円安とインフレが継続した場合に、これらは日本国を潤すであろうか。まず全二者は、経済の主体がいまだに製造業であるという勘違い(昭和の経済観)に基いている。生産比率のウエイトはとっくの昔に第三次産業にうつっており、しかも成長の主力であるIT産業では日本はほとんど国際競争力をもっていない。多少円高になったとしても日本企業が単体で国際競争力を回復するなどと言うことが短期間に生じるとは考えられない。また国内の労働力がまったく不足しているため昔ながらの製造業であっても、円安によって外国人労働者が日本に来づらい状況の中では、そう簡単に工場が日本国内に回帰することはない。最後のインバウンド頼みはどうであろうか。円安によって日本に向かう観光客が増えることはおそらく間違いないところだろう。したがってその意味では観光地は潤うことになる。しかし、その前に急激な円安は日本の観光資源(土地やホテル等)や都市部不動産の世界的な割安感をもたらし、とりわけ中国資本の目には魅力的な海外資産に見えるだろう。すでに一定の潮流は生じているようであるが、中国やアメリカの大資本が日本の都市部や観光地の会社や不動産を買いあさるという事態が発生する可能性が非常に高くなっている。

 最後にまっているのは、強烈なスタグフレーションと低賃金に苦しむ日本人をしり目に、高級ホテルで高級料理を食べるアメリカ人や中国人の姿であり、日本人は生きるために彼(彼女)らにせっせと奉仕しているという姿である。このままいけばこれが日本の行きつく先であり、日本国の将来の姿である。円安放置、インフレ容認がそもそも亡国の政策であったことがご理解いただけると幸甚である。

未来を創造するためにまずは生き残りましょう。